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松村プロが2016年のユーコンの動画を編集してくれました。2回目の極寒レース308kmでリタイア。自分も字幕付きで編集してあるけど、やっぱりプロは違うなー。
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ようやくYukon Arctic Ultra 2016の映像全記録まとめ終わりました。レース中はわかりやすくするために字幕付き、レース前後は雰囲気がわかればよいので説明は少なく生の状態で入れました。次は同じような別のレースに行きますがさらに大作にできるようにレースも撮影(!)もがんばります。次回は2017年3月。ホワイトホース(カナダ・ユーコン準州)集合は同じですが、さらに北からスタートし北極海を目指すレースに出場します。

以下、Youtubeにアップしたリンク目次です。ぜひご覧ください。

ホワイトホース到着からレース前夜まで
https://youtu.be/wxGw2prrn5E

1日目・昼、レーススタート
https://youtu.be/WuHMHvD93rI

1日目・夜
https://youtu.be/02mcI9vMro4

2日目・昼
https://youtu.be/Q0oJPnRBxXE

2日目・夜
https://youtu.be/6R8fK2zUEyA

3日目
https://youtu.be/6_eVbrHaVO8

4日目
https://youtu.be/LsJN5Vo1d5k

5日目~ホワイトホース戻り
https://youtu.be/UYmXoRr-6Sk

レース後から帰国まで
https://youtu.be/jviP8tFZwaM
Yukon Arctic Ultra 2016の自撮り映像(part3。2日目の昼)。だんだん疲れてきています(編集するのも)。


Yukon Arctic Ultra 2016の自撮り映像(part4。2日目の夜)。やっと4本目。疲労の色が濃くなってきました(レースの話)


Yukon Arctic Ultra 2016の自撮り映像(part5。3日目の昼夜)。ブレイバーン前後の写真・動画は杉本さん撮影。視聴者向け?の長い説明がなくなってきて編集しやすくなってきました。我ながらすごい記録だなと思う。


このパートを編集していて思いだしたけど、Goproがマイナス20度以下で動作しなくなっていたので、次回に向けてGopro5を買おうと思っていたけど、同じようになる可能性が高い。なので動作温度がマイナス10度のオリンパスのTG-trackerを使ってみようかと思った。ユーコンに持って行ったオリンパスのデジカメTG-4はマイナス30度でも動画取れていたので。放置したらだめだろうけど。

Yukon Arctic Ultra 2016の自撮り映像(part1。まだレースの最初の数時間分)。次回まであと4ヶ月になってしまったので、2016年の整理は今年中に。



Yukon Arctic Ultra 2016の自撮り映像(part2。1日目の夜)。真っ暗な中で話をしているのにひたすら字幕をつける作業がつらい(笑)でも夜こそ、このレースの核心だからきちんと記録に残したいです。あとのほうになってくると自撮りする元気もなくなってくるから長いのは今のうちだけかも。





ユーコン・チャレンジでは現地在住日本人にとてもお世話になりましたが、日本で知識や現地情報のサポートをしてくれていた今井さんと小貝さんとお茶しに行きました。お二人とも職業こそ冒険家ではないけれど、十分冒険家だと思う人たちです。

そしてユーコン・リバークエストというカヌーのレースの話になり、もし出るとしたらシングルカヤックがいいなーと漠然と思っていたのですが、ホワイトホースからドーソンまでユーコン川760kmを3日間で行かなければいけないそうで、川の流れが5km/h、自分の漕ぎで5km/hとしても合わせて10km/hにしかならず、760kmだと76時間かかってしまうので無理そうです。一切寝なくてもなので、それも無理ですし、漕ぎながらうっかり眠ってしまうと沈して水は冷たく長時間水没していると命に関わる感じらしいです。今井さんはシングルカヤックで出場して漕ぎ切った経験がありますが、話を聞けば聞くほど私には難しい感じでした。

そんなユーコン・リバークエストですが今年からSUP部門ができたそうです。SUPってサーフボードの上に立って漕ぐやつですが、食料・水・装備を積む必要があるのにどうやってSUPで行くんだろう!?しかもwebページ見てみたらSUPでエントリーしている人がけっこういます!

本当に世の中には変な人がたくさんいるんだなあと思いました(笑)


今年はユーコンでレース中にオーロラを撮るためだけにコンパクトデジカメをOlympus TG-3からTG-4に買い換えて行きました。買い替え前後のデジカメのスペックは同じでファイルをRAWで保存できることだけ違います。このRAWが重要で帰ってから「現像」という作業をするために必要でした。

帰ってきて私の持っているPhotoshop elements 10ではバージョンが古くてTG-4のRAWファイルを読めなかったのでPhotoshop elements 14にアップデート(もちろん有償)。やっとRAWの現像(画像処理)ができるようになりました。

そしてデジカメのデフォルトで薄くしか写っていないオーロラをそのときの雰囲気を思い出して調整したのが添付の画像。ヤバイ状況の中こんなのを見ながらレースしています。普通に観光としてオーロラを見ているのとはまた違った印象を持つと思います。

この1枚のためにデジカメの買い替えとソフトのバージョンアップで5万円以上。高いか安いか!?(本当はもっとごついカメラ持って行きたいんですがレースなんで・・・)

今年は帰国後5日で一気にweb版レポート完成となりました。追って現地で撮影した動画の編集もおこないますが、こちらは少し時間がかかる見込みです。

web版レポートは下記リンク先の「レポート>旅の記録」よりご覧ください。
http://www.adventure-runner.com/desert/yukon2016/index.html



※写真説明
1枚目は向かって左側のまっすぐな足跡がみんなの踏み跡。寝ぼけて向かって右側にコースアウトして深雪にはまって目が覚めたときの足跡を写真に撮った。ほとんど寝ぼけていたのでこの日は写真が少ないです(記憶もない。どうせ同じような景色だし)。

1時20分にカーマックスのコミュニティセンターを出発。ロバートと岡部さんに先導されてコースの入り口へ。少しの間ユーコン川の中のトレイルを進み川から上がって町の道路の歩道に上がる。しばらくは歩道のついている道路という雰囲気。真っ白だからわからないけど実際には山の中のトレイルなのかもしれない。そんなに舗装路がありそうな大きな町ではないし。2車線道路くらいの広さのまま坂道を登っていく。途中でふと「そういえばチタンマグって岡部さんが洗ってくるって持って行ったけど戻ってきたっけ?」と思い後ろを振り返るとソリの定位置についていない。かなり背筋が寒くなるのを感じた。チタンマグがないとお湯を沸かせない、つまり水がなくなっても作れないという致命的な状態。幸いこれまでの間で使ったのはブレイバーンで補給したお湯を沸かしなおすときだけだから、たぶんなくても大丈夫だと思うけど。それよりCPについたときにスタッフに食事(スープ系)を入れる容器を出すように言われたときが困るかも。

いちおうソリのバッグの中も確認し、入っていなかったので、まずは衛星携帯で岡部さんに電話。いまはなくても大丈夫でもカーマックスのコミュニティセンターに忘れてこないようにしてもらわなければいけない。しかし深夜ということもあって応答なしだったので、衛星携帯を出したついでにれなっちに電話してカーマックスでの出来事を話す。ここからチタンマグの話が、れなっち→櫛田さん→杉本さんと伝達されていった。ちなみに岡部さんを責めるということでなく、出発前の装備にさわらないようにお願いしておきながらチタンマグは「よろしくー」と渡してその後確認しなかった自分の詰めの甘さが問題なのである(もちろん岡部さんのミスでもあるが、お互い様という意味)。

少なくとも取りに戻ることはできないので進みながら代替案を考える。万一水がなくなったらチタンマグのふたで少しずつ水が作れるなとか。スプーンは予備を持っていたのでサーモスのふたでフリーズドライを戻して食事をすれば問題なし。まあ次のチェックポイントか少なくともその次で岡部さんの取材が入るだろうからそのときにチタンマグを回収できるように朝になったら岡部さんに電話してみよう。

緩やかな長い登り、緩やかな長い下りを何度か繰り返す。少し眠くなって長い下りを走るのが面倒だなと思ったときにソリに乗る手を思い出した。下りでソリに乗ってみたが最初のころほど長い下りがなく恩恵を得られなかった。道の両側が完全に森林になり一直線の長い道。眠くてふらふらする。このレース最大級の眠気だった。先を急ぐ必要があるし、ベイパーバリアを禁止された足は走れるようになっていたため基本的に走る。登りもなるべく走る。ときどき走りながら意識を失ってトレイルの中央についているスノーモービルの圧雪跡を踏み外して深雪にはまる。または全力で走っていたはずなのにトレイルの真ん中で立ったまま寝ているという悲惨な状況になってきた。それでも目が覚めたらダッシュ!

朝8時に岡部さんに電話。「樺澤でーす」と言ったら「あ”-」って言った(笑)用件をよくご存じのようだった。とりあえずカーマックスからチタンマグを持って出発してもらうようにし、チャンスがあれば渡してくれればいいからと伝える。岡部さんが「スタッフの誰かに説明して持って行ってもらおうか?」と言うが「スタッフには内緒で」と返した。首の皮一枚でつながっている今の状態でペナルティや失格になる可能性を作りたくない(競技として不正とかなんとかというところにはもう意識が回っていない状態)。とにかくレースを続けられる状態にできればそれでいい。

明るくなれば眠くなくなるかもしれないという期待を持つが明るくなっても変わらず。補給をしようとしゃがんでフリーズドライにお湯を注ぎながら眠って横にころんと転がってしまうほど。こんな状態なので移動している間は走っていてもいつの間にか寝ているので平均スピードは時速3kmに満たないくらい。このままだと非常にまずい。昼の12時になりここまで10時間ちょっとで30km進んできた。目が覚めたときに一気に行けるように体調は整えておかなければいけないので、ここでしっかり昼食にすることにする。食事をして動き出すためにウェアを調整しているとスノーモービルが3台やってきた。

まっすぐ自分のところまでやってきて「足の調子はどうだ。足を見せろ」と言ってくる。どうやらお迎えが来てしまったらしい。足を見た上で「スノーモービルに乗れ」と言うので、彼らが手ぶらで帰るわけはないと理解しつつ「自分で走っていける」と反抗してみた。それでも「これから先コースが厳しくなる。その足と今のペースでは無理だ」と言うので、抵抗しても無駄なのはわかっているから荷物をまとめてスノーモービルに乗った(自分の意志ではない)。”今のペース”は足のせいじゃなくて眠いだけなんだけど、遅いのは確かだししょうがないな。レース中に子供の名前を決めて完走して名前をプレゼントするというシナリオだったので本当に悔しい。

スノーモービルはスプルースの森の中を疾走していく。走っても走っても自分の少し前に出た3人組に追いつかないので、やっぱり自分は相当遅かったんだなと思った(動いているときは走っていたので相当道の真ん中で寝ていた)。今回は絶対完走できると思ったのにベイパーバリアは限定的にしか使ってはいけないとなると、またソックス・シューズの問題は振り出しに戻るか・・・。

幻覚というのかはよくわからないが、レース中の幻覚と同様に低い木が人に見える。それにスノーモービルのスピードが加わったことによって背の高い木が建物(マンション的な)に見えたり、木の密度が薄いところが公園に見えて子供が遊んでいたり(低い木)、前方に交差点が見えて「信号ないのにこんなスピードで突っ込んじゃって大丈夫なのかな」と思ったり、トレイル脇の木が中央分離帯に見えて隣にもトレイルがあるように見えたりした。街路樹の多い団地の中をスノーモービルが疾走していく。そんなわけないと頭の片隅ではわかっているんだけど、そうにしか見えない不思議な感覚だった。

 

スノーモービルの後ろで意識を失って運転手のヘルメットの後頭部にヘッドバットすること3回ほど。14時30分ごろCP6 McCabeに到着。「眠くなったか(笑)」と運転手に言われたが、ちょっと危ない状況だったよな。シートベルトがあるわけでなく自分の腕でつかまっているだけだから何かのひょうしに吹っ飛んでいってもおかしくない。スノーモービル隊は別の救援要請が出ているとかで出発し、チェックポイントスタッフに建物の中へ案内される。スタッフは2日目のCP2 Dog Grave Lakeの人と同じだった。まず足の消毒をすることになりシューズとソックスを脱いで椅子の上に乗せる。食事とコーヒーを出してくれて飲み食いしながら消毒してもらっている状態。

消毒が終わりとにかく乾かしておくことが大事ということ、明日の朝ホワイトホースに戻るからと伝えられる。後は寝て待てという感じでスタッフがソリに積んだ荷物からマットとシュラフを持ってきて寝床を作ってくれた。横になって休んでいてもときどき「何か飲む?」と聞いてくれる至れり尽くせり状態。スノーモービルに乗っているときは悲しかったし悔しかったけど、暖かいところで飲み食いして睡眠を取れる状況に「リタイア?まあしょうがないよね」という感じだった。

ちなみに自分の前を進んでいた3人組は19時30分過ぎに到着。もし自分があのまま進んでいたら途中で寝なくても22~23時到着(平均時速3kmで10時間の計算)と推測できる。足さえなんともなければ問題なかったけれどなあ。足の問題がなければカーマックスできちんと睡眠取れたはずだし。そもそもブレイバーン以降のペースだってもっと早かったはず。この1点さえクリアできれば・・・ということはもう一度やるしかないのか?3人組は4時間ほど睡眠を取り深夜にペリークロッシングに向けて出発していった。



途中で選手がビバーク脇を通過する気配で少し目を覚ますがよく眠れた。起きたのは7時ごろ。4時間ほど寝てしまった。いつも通りのパターンで先行する選手たちはとっくに行ってしまっただろう。でもきちんと設営せずに熟睡できたのは大きな収穫だった。10分で寝る準備ができ10分で撤収できるのは大きい。動き出してみると足のむくみが取れたためか足先の痛みがなくなっていてがんがん走れる。これなら300マイル完走できそうだし、前の選手たちにも追いつけるな!と思ったらしばらくして痛みが復活した。1時間足らずの夢に終わった。

ユーコン川沿いに出るとユーコン川はこれまで見てきたように平らに凍っているのではなく乱氷のように割れた氷が積み重なったようになっている。トレイルはユーコン川に下りず平行して山の中をアップダウンを繰り返しながら続いている。トレイルは一部ユーコン川に下りて乱氷の中のトレイル(スノーモービルで跡がついている)に入るが基本的には川沿いの山の中を進む。

朝9時30分。カーマックスまで23km。補給がてら妙に寒いなと思って温度計を見ると気温マイナス25度。天気予報ではマイナス15度程度に上がるはずだったが。それに今朝寝ていたときはそんなに寒くなかったが川沿いに出たから気温が下がったのかな?Goproを使おうとすると、またも電源を入れてもすぐに落ちる。マイナス20度を下回るとGoproは動かないようだ。足先の痛みは復活してしまったが、しっかり寝ることができたためか股関節・膝などの疲労は取れた気がする。少なくとも筋肉疲労は睡眠時間を確保すれば回復するということがわかったのが収穫。



カーマックスへ残りの距離・時間が読めるようになってきたため、その後のことも考えて足の指が痛くないようにできないかいろいろ試しながら進むことにした。ソックスの組み合わせ、シューズの組み合わせ、誰かさんの真似をしてダクトテープを貼ってみたり、けっきょく有効な方法は見つからず。痛いのは我慢するしかないかーという感じだった。最終的に傷口をテーピングテープで留めて前進。あまり意味ないと思いつつそれでも何もしなければ今までと同じなので・・・。

16時ごろ。ユーコン川の上を進むトレイル。カーマックスでアラスカハイウェイがユーコン川を渡る鉄橋が見えてきた。久しぶりに人間世界の文明を感じて嬉しい。鉄橋の近くに取材の岡部さんが出てきているのが見えた。SPOTで数分ごとに選手の位置が更新されるので取材や運営にはかなり便利そうだ。日本で使っているGPS端末と違って衛星回線だからデータが取れていないということが少ないのが強いな。



カーマックス到着は17時5分。制限時間の5時間25分前。事前に作成した計画よりも5時間35分遅れ。この4日間のうちの後半2日が足の痛みでうまく進めていないことを考えれば、意外とましな時間に到着している気がする。ただ事前計画通りだと最終ゴールにも6時間しか余裕がないため、すでにぎりぎりということになる。この先も睡眠・休息の時間を削って歩くということが多くなりそうだった。

CP5 Carmacksはコミュニティセンターのしっかりした建物。テレビで見たあの場所にたどり着いたということで嬉しい。ここはレースのチェックポイントになっているだけでなく、今日は地域のイベントもおこなわれていた。食事をいただき、ここでの楽しみシャワーを浴びる(お湯の出がいまいちでさっぱり感は控えめ)。足先の痛みはソックスを履いていれば歩くのは大丈夫だが、シャワーを浴びて裸足になったら痛くて床に足先を付けれない。

つま先の痛みを少しでも軽くしたく何かよい治療ができるのではないかと考えロバート(主催者)に傷を見てもらう。するとここにはいないメディカル担当に傷を見せて判断をしてもらうということで足の傷の写真を撮りメディカル担当に送信。スカイプで相談するようだった。すると予想外の回答で「傷口が開いていて感染症にかかる可能性があるためレースを続けさせるわけにはいかない」とのこと。ここでレース終了という判断をされてしまった。思わず「見せるんじゃなかった」と言ってしまったが見せてしまったものは仕方がない。

ただロバートは他の人の意見も聞いてみると言ってくれ、それまでコミュニティセンター2階の広間で休息しているようにとのこと。岡部さんがマットとシュラフを貸してくれたので、自分のシュラフは乾燥室に干しておくことができた。ただ行けるのか行けないのかわからない状態で安心して熟睡できるはずもなく(たぶんこれでストップだと思っていたが、それならなおさら無理に寝る必要もなく・・・)少しうとうとしたら11時ごろロバートが一緒に来てくれと呼びに来た。たぶん2時間くらいは眠れたかな。

1階に降りると、参加者でコース上で何度か出会っている3人組のうちの1人の男性がいた。ブリーフ1枚でうろうろしているけどお医者さんだそうです。傷口を見て足の指に触れて熱を持っていないかなど調べている。こういう詳細な説明は私の英語力では無理なので、その場ではロバートが聞いておいてくれ岡部さんが来たら伝えてもらうことになった。岡部さんの通訳によると「(あくまで主催側としてはお勧めしないが)今のところ感染症の様子もないしベイパーバリアは使用禁止でなるべく乾いた状態を保ってレースを続けること。ただ次のチェックポイント以降毎回足をチェックして悪化するようならすぐにストップさせる」というものだった。もちろん先に進ませてくれるのなら了解なので、ほっとして出発の準備を始める。

装備の入れ替えをし、到着時に食事をもらってからもう6時間以上経っていてお腹が空いたので、ここでがっつり食べてから出発することにする。装備の入れ替え中に自分の前を行く3人組が出発の気配だったため、岡部さんが荷物を端にどかしたほうがよさそうとか移動させようとしていたので「自分でやるから荷物にさわらないで」とお願いした。装備品が多いと置き場が変わっただけでも混乱や忘れ物の原因になるので。食事をしている間に岡部さんがサーモスにお湯を補充しておいてくれた。

日付が変わって2月9日(火)午前1時20分にカーマックス出発。
 



5時30分ごろ目が覚める。出発前にチキンラーメンを食べるためにお湯を沸かす。空を見上げるとオーロラがゆらゆらと広がっていった。今回のレース中の自分の宿題として4月に生まれる子供の名前を決めることにいていたのだが、れなっちが”響き”で候補として挙げていた「○○」(公にはまだ伏せておく)がいいかなあと思った。その名前に意味・願いを付けていけばよい。レースはまだ何日かあるのでそれを第一候補として考えていくことにした。6時30分ごろ出発。

しばらく進んで再び凍った湖の上。オーロラがベルトのように広がっていた。写真を撮りたいがストックにカメラを付けて撮る方法はストックを突き刺せるだけの雪がないといけないため凍った湖では突き刺すことができなく手持ちでぶれた写真しか撮ることができなかった。山で見るオーロラもいいけど平らな湖から見るオーロラも神秘的。

夜が明けて10時ごろフランクレイクに到達。一部水面が覗いていて「FLANK LAKE BAD ICE STAY LEFT ON TRAIL」と書かれた札があった。ここが櫛田さんの言っていた温泉が湧いている湖がある場所かもしれない。少し進むと「TO CARMACKS」という札もあり「早くカーマックスに着きたいなあ」と思った。足先のベイパーバリアによる水ぶくれ(のような感触)もブレイバーンから先、違和感、痛みが大きくなってきていて、前日は平らな湖の上をがしがし走っていたが痛みにより走る気力が削がれるようになってきた。

13時過ぎにれなっちに電話をして前後の選手の状況と天気予報を聞く。今日以降は昨夜のような冷え込みはなくマイナス15度程度の予報とのこと。前は10マイルほど先に選手がいるらしい。後ろに残っている選手はリタイアした人か?14時で気温はマイナス15度。CP4 KEN LAKEまであと3時間程度か。お昼ごろからパラついている雪でトレイルの足跡が薄くなっている。もともと湖の上で固いのでしっかりした足跡ではないため少しの積雪で消えてしまいそう。とぼとぼ歩いているとCP4 KEN LAKEその先のカーマックスが果てしない遠くに感じ気持ちも落ち込みがち。しかし歩き続けていれば間に合う計算。それにしてもどうしても夜遅くまで動いた分で前の選手数人を抜かし、こちらが寝ている間に最後尾になるというサイクルから抜け出せない。

日が沈むころ17時20分にCP4 Ken Lakeに到着。到着前にCPを出発する3人の人影が見えた。彼らがれなっちの言っていた10マイルほど前の選手だろうか。Ken Lakeのチェックポイントは基本的にはテントの中で休めないチェックポイントだが他に選手の姿もなくテントの中で休むように促された。服を脱ぎ薪ストーブの上につるして食事をいただく。暖かいコーヒーもいただいた。足の裏を見てみると意外ときれいでとても痛いが血豆のような感じで水ぶくれではなく傷口も開いていなかった。これなら我慢すれば大丈夫かもしれない(これが間違いでせめてこの段階でベイパーバリアをやめれば結果は変わっていたかもしれない)。



19時にCP4 Ken Lakeを出発。次は56km先のCP5 カーマックス。また20時間程度の行程になることが予想される。ほんとに果てしない旅だな。足先の痛みに加えて疲労で股関節も少し痛いのでペースは上げず落ち着いて進みたい。カーマックスの制限時間には余裕があるので。また平らな湖の上を進んでいくと1人の選手を抜かした。CP4 Ken Lakeに入るときに見かけた人影とは別なので意外と近くに集団がいるのかもしれない。平らな湖の上で明るいオーロラが出てきて見事な景色。前夜(今朝)に続き凍った湖の上ではストックを三脚代わりに突き刺すことができず撮影は断念。代わりに小休止することにしてソリに腰掛けフリーズドライを食べながらオーロラを鑑賞した。オーロラを眺めながら子供の名前はやっぱり「○○で決定だな」と思った。「○○。よろしくね!」

湖地帯を抜けて山に入る。午前0時を過ぎて歩いているといつもの通り何人かの選手がビバークしているのを抜かす。午前2時こちらもビバークすることにする。なんとかビバークしている間に追いついた選手たちの集団に入りたいのでビバークを手短にしたい。そこで試しに設営なしで寝てみることにする。シェルターを地面に広げポールで立ち上げずに中にマットをエアを入れずに敷く(ないよりはましだろう)。その上にシュラフを入れてシューズだけ脱いでシュラフに入る。ビビーを使わないのは前夜と同様自分のウェア自体でベイパーバリアをしているため。10分で就寝準備完了。これなら早い!(正しくはないけど)多少の冷たさを背中に感じつつ眠りに落ちた。

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プロフィール
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かばっち
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性別:
男性
職業:
system engineer
自己紹介:
なぜか砂漠にひかれサハラ・アタカマ・ゴビ・南極でおこなわれたレースに出場。これからも世界の絶景を見に行きたい。
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