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到着して順位を確認すると後ろにはあと2人いる程度。よいペースなのに後ろが2人とは若干ショックだが前もそんなに離れているわけではない。順位を気にしてというよりは最後尾は避けたいというだけなので。あとはリタイアもけっこう出ている。また過去の結果を見るとフォートマクファーソンを通過した人の完走率はかなりいいので(落ちる人はここまでに落ちる)第一関門突破という感じ。
ドロップバッグを受け取りウエアと食料の入れ替え。ベイパーバリア用の手袋を2重で使っていたら枚数が足りないことに気が付く。ビニール手袋は残り2セット。最後のアイスロードに温存するためイヌビックまで手袋のベイパーバリアなしで行くことにする。スタート時に背負っていたザックは使いにくくて途中からソリに積んでしまっていたためドロップバッグに置いていくことにする。ザックを背負っていると、ソリのハーネスと2重に背負っている状態になるため、歩く(走る)ときに肩周りの動きが制限されて疲れる。それよりは自分の体に装着しているものをソリのハーネスだけにしたほうが着脱も速くなるのでウェアの調整やお湯を使うときに都度ハーネスを外してソリにアクセスすることにしてもマイナスにはならないと思った。あとはソリのハーネスも常にショルダーベルトまで付ける必要はなく続けて作業することが見込まれる場合は腰ベルトだけで引いても問題ないことがわかった。元から腰ベルトだけのハーネスを使っている選手も多いくらい。最初の予定ではウェアの下にハイドレーションを背負うことを検討していて、それを入れたら3重になってしまうからあり得なかったな。
足の裏を確認すると右足のかかと内側に水ぶくれあり。水だけ抜いて睡眠を取りながら乾かすことにする。取材チームの人にメディカルに見せないんですかと聞かれたが「見せません。水ぶくれのことは内緒ですよ」と口止め。専門家に見せると自分の分野の問題になんとか当てはめようとする(医者なら病名をつけたがる)ので大したことがないときは絶対に見せないほうがいい。ここで何もなくても先々足の裏はどうなった?見せてみろとことあるごとに時間を取られるのは目に見えている。水ぶくれやマメを進行させないようにできるだけベイパーバリアを使わないこと、靴下を毎日交換することを心がけていく。れなっちに電話をかけて到着の連絡をし、体育館のようなところで就寝。
2時間半で目が覚めたので出発の準備。滞在5時間。23時4分に出発。ソリを引いて町の入口に向かって歩いていると近くの家の人が声援を送ってくれたりする。再びデンプスターハイウェイへ。フォートマクファーソンの町明かりを後にまっくらな道を突き進む。やっぱり人工の光から離れていくのはちょっと寂しい。いいペースで進んでいると前の選手に追いついた。停止してコーヒーを飲んでいる。「コーヒーいるか?」と勧められたが、がしがし進んでいたので「No, thank you」。後からちょっとくらい足を止めてもよかったかなと思った。
<3月13日>
しばらくの間ずっと平ら。遠くのほうに赤い光が見える。あれは何かな?と思ってみながら進むが全然近くならない。数時間かかっただろうかようやく近づいてきたと思ったらちょっとした山の上に電波塔がそびえている。そのあたりから平らな道ではなく軽いアップダウンのある尾根っぽい道になった。それなりの斜面を登って電波塔の脇を通過。電波塔へアクセスする道の分岐がビバークをするのによさそうな場所だったが特に眠くなかったので通過。しかしどこかでは睡眠を取らないといけないだろう。意外と見上げるような登りが多く感じ、しかしこの区間の累積標高差は300mないので標高差の情報が間違えているのではないかと思い、GPSで一つの坂道の標高差を測ったら12mしかなくてショック。
眠いタイミングがやってきたがビバークできそうな場所がない。尾根の上の道で路肩も広くなく落ち込んでいる。さらに風の通り道になっている。いくら進んでも良い場所は見つかりそうになかったため道が右にカーブしているところの内側で寝ることにした。道が少しだけバンクしているので左から吹いている風を少しは防いでくれるだろう。後の様子をうかがい誰もいないことを確認して素早く準備。誰か来ていると大丈夫かとか話しかけられたりして、眠気が飛んでしまうことがあったりするので確認してからビバークに入る。特に英語が苦手だから話しかけられて英語を考えると目が覚めてしまうので。シュラフをばさばさと広げていると走ってきた車が目の前で急停車。最悪である。取材チームの車だった。「誰もいないことを確認してビバークしているのに、いいタイミングで来ましたね」とか言ってしまう(悪意はないです、眠くていっぱいいっぱいなんで!)。何か聞かれて説明しながらシュラフにもぐりこんだ気がする。無事にビバークすることができた。1時間程度寝て明るくなりはじめた道を進む。
終盤はやっぱり足のむくみで痛い。やっとツィーゲーチックが見えてそこまでは下りなのに小走りすらできない。この先のことを考えると少し気が重くなってしまう。レース後半のアイスロードはある程度走れればという希望も持っているがこの痛み、この足の重さでは厳しい。マッケンジーリバーを渡るところで前の選手が迷っている。川の上をよくよく見ればツィーゲーチックを一度後ろに見るような方向に凍った川の上を進んでから右に曲がる道があるのに、そっちに行くとツィーゲーチックを通り過ぎてしまうと思っているらしい。思い切ってあと少し進めば看板も見えているのに。うまく説明できないので行動で示そうと選手を無視して進む。前にいた選手は通りすがりの車を捕まえてツィーゲーチックへの行き方を聞いている。そしてやっぱりこのまま川に進めばよいとのことだった。少し進んで分岐に来るとそこに大会スタッフの車がいてフォートマクファーソンのときと同様に後ろについてくるようにとのこと。ツィーゲーチックは小さな集落という感じ。こんな場所に人が住んでいるのが驚きで何を生活の糧にしているんだろう。家とかの見た目は普通だし教会があったり公園?(遊具のようなものが見えたが気のせいか?)があったりする。ツィーゲーチック到着14:35、予定より40分遅れ。
<3月11日>
睡眠時間は4時間から寝れるなら6時間くらい寝てしまってもよいと考えていたが、目を覚ますと2時間半しか経っていなかった。しかしすぐにもう一度眠れる感じでもないため食事をしてお湯を入れて出発することにする。CPの停滞時間は約6時間(他の選手に比べてもたついている感)で21時すぎに出発。CPから少し登ると道は沢へ降りて行っている感じ。オーロラが出ていてほぼ満月の月に照らされた山といい感じの景色を作っている。とりあえずオーロラが出ていたという記録を残すためにTG4でオーロラ夜景を数枚撮っておく。道は沢沿いに下っていくのかと思ったら沢を通り越して反対側の山に登っていく。登っていく途中に除雪の重機が置いてあった。ジェームスクリークに向かっているときに除雪している重機もいたし、ジェームズクリークのCPが道路管理基地だったに違いない。後ろからすごい勢いで登ってくる選手がいてあっという間に抜き去られたが、登り切ったところで何かやっているのを抜かし返した。
<3月12日>
明け方眠くてふらふらしてきたのでビバークしていくことにする。左から右に風が吹いているが(おそらく北風)木はほとんど生えていないのでソリを盾にしてその横でごろ寝した。横になったとたんに意識がなく気が付いたら45分経っていて「今寝た?」という感じになる。前日ボーダー手前で寝たときもそうだったが、ぎりぎりまで眠気を引っ張ってすぐに意識を失うくらいだと時間の無駄がなくていい。夜からわずかに雪が降っていたが気温が低いため確実に積もっている。あまり積もるとソリの抵抗が大きくなってしまうので心配だ。スタート前に見た天気予報では3月12日に雪が降り、その日まではあまり気温は下がらず、雪が終わると気温が下がっていく予報になっていた。今日は3月12日これが終わるとぐっと寒くなると思われるので動きやすいうちに少しでも先に行きたい。
昼頃キャンプサイト?家?のようなものがあるところを通過しフィールリバークロッシングへ。凍った川を渡る。ここを過ぎればフォートマクファーソンももうすぐだ。またここで標高もほぼゼロ。GPSを見ても15mあたりを表示している。つまりここからは山はなくひたすら平地。数十キロで獲得標高が300mとかそんな感じ(その分下って足すと0mになる)。早くフォートマクファーソンに到着したいがここに来てペースダウン。足がむくんで痛いのと眠くて油断すると立ったまま眠ってしまいそう。飛行場があるらしく飛行機が降りてくるような音を聞いた。町はすぐそこのはずなのになかなかつかない。
ようやく「Welcome Fort McPherson」という看板がありその前に大会スタッフの車がいた。デンプスターハイウェイから左の道の分岐を入るとフォートマクファーソン。「車についてこい」と言われ後ろをついていく。CPとして借りている学校は町の奥のほうにあってそこそこ時間がかかった。17時52分到着、予定よりも1時間27分遅れ。しかし自分の見積もりは時差・サマータイムを含めてなく、実際にはここまで時差・サマータイムで時計を2時間進めているのでほとんど予定通りのペースだ。ただ最終的なフィニッシュ関門に対する余裕が4時間程度しかないという一瞬も油断できない状態ではある。
体がきついと思わない程度のペースで歩く。今夜は少し早めスタートから60kmくらい目安でビバークして睡眠を取るつもり。ホワイトホースを出発する前日にリヤカーマンの人と電話をしてコース情報をもらったのだが、ノースウエスト準州との境界(ボーダー)付近は風が強く休むのに適した場所がないため、その手前登り始める前に休んだほうがいいだろうと意見をもらった。そこで1日目を短く刻み元気な状態でボーダー越えをしようと考えていた。日が沈んで気温が下がると手足の冷えが顕著になってくる。少し気合いを入れて歩いても日中にびっしょり汗をかいた影響で体温は上がらない。ベイパーバリアしているのでウェアが濡れてすぐに保温できなくなるようなことはないが、ベイパーバリアのない手首あたりに回り込んだ湿気(汗)がウェアの袖を凍らせている。
このまま進み続けると追い込まれていくだけなので、ビバークしつつ落ち着いてウエアをどうするか考えることにした。GPSで60kmをしばらく過ぎたところで道の脇の除雪スペースを見つけたためテントを張る。リヤカーマンの人は(イーグルプレインズから)60km付近に大きな倉庫があり風よけになると言っていたが倉庫と思われるものは見つからなかった。シュラフにもぐりこみ自らぶるぶる震えて体を温める。一番確実なのは昼間着ていて汗で濡れたウエア一式新しものに交換してしまうこと。しかし次のドロップバッグ(CP3)まで120kmはあるため完全着替えはもう少し後にしたいと思った。なので再スタートのウエアは化繊アウター上下とソックスの外側にベイパーバリアソックスを追加して様子を見ることにした。それから睡眠を取ろうと思ったが眠れない。すっかり目がさえてしまっている。さらに悪いことに近くに車が止まり人の近づく気配。息をひそめているとどうやら取材チームのようだ。こちらの様子をうかがいながら「どうします?」と相談している。取材チームが去った後、眠れなかったがテントをたたみ先へ進むことにした。睡眠を取っていない(ちょっとうとうと程度)3時間ほどの停滞。こういうのがもったいない。
<3月11日>
空にはうっすらオーロラが出ているのを見ながら再スタート。急坂を下り、V字に登ってその後はわりと平ら。3時間の停滞で自分の位置はどうなったか心配になる。順位狙いではないのだが最後尾になると主催者のチェックが厳しくなりそうな気がして最後尾だけにはなりたくない。後ろから大会スタッフの車が来て「あなたの友達を後ろに乗せているぞ」と後ろを指すので(英語がいまいちわかっていないこともあり)意味が分からず道路の後方を見る。すると車の後部座席の窓が開いて松村さんが乗っていた。「リタイア?」と聞くと「低体温症で回収されちゃった」とのこと。なんという打ち上げ花火・・・かける言葉が見つからず「がんばってくるわー」と声をかけた気がする。自分のほうはビバーク後のウエアで問題なくこのまま行けそう。
次は前から大会スタッフの車がやってきた。OKかどうか聞かれてから「次のコーナーだ。あと5分」と言われた。(このときは何のことか意味がわからなかったが、そこに大会トレーラーが睡眠場所を提供していて参加者の大部分はそこを目指していたらしい)大会スタッフの車はさらに後方へ走り去ったのでまだ後ろに選手がいると知って安心した。ここで大会スタッフが言ったように道が大きくカーブしていて、そのカーブの内側にリヤカーマンの人が言っていたのはこれか!?というような建物(倉庫とも見える)があった入口の特徴も一致。ただイーグルプレインズから60kmではなく70kmでした。そばの道の分岐には大会スタッフのトレーラーが止まっていて横目で見ながら通過。
70kmを過ぎると明らかに今までとは異なる傾斜の坂が始まる。ボーダー越えに向けて本格的な登りの始まり。激坂を登って一段高いところに上がると傾斜は緩くなり周りに木がなくなった。風はほとんど吹いていないが、もしここで風が吹いたら大変なことになりそうだ。先を急ぎたい気持ちが強くなる。暗くて景色はほとんどわからないが山並みを見る感じかなりの絶景っぽい。定期的にやってくる眠気をなんとかやり過ごしながら「早く朝になれ!」と思う。うっすら明るくなってきたころ、後ろから速い選手に抜かされた。この選手にはCP1の前でも抜かされた気がする。姿は見なかったがどこで寝ていたんだろう。ただ速い人がいまここにいるということは自分も眠って問題ないのではと思い、少し進んだところにあった除雪車の転回跡で寝ていくことにした。
コース途中で寝るときはサーマレスト(クローズドセル)に上にツェルト(ドームシェルターなので袋状)にシュラフを入れて、シュラフの中にさらにベイパーバリアの袋(エマージェンシーシートみたいな感じ)を入れて中に入る。状況によっては中にポールを持ち込んでおいて後から空間を作ってもいい。これだと5分で設置、5分で撤収できる。収納も大きな防水袋にツェルト、シュラフ、ベイパーバリアを3枚重ねのまま収納してしまう。1時間ほどごろ寝をして目を覚ますとすっかり明るくなっていたのでいよいよボーダー越えに向かって出発。
標高が下がってくると風が弱くなってきた。レース全体としてもここからは下りのほうが多くなるので最大の難所は越えたといっていいかもしれない。ジェームズクリークに14時57分到着。予定よりも43分早い。リタイアした松村さんが大会スタッフの車に同乗してCPに来ていた。ここから先も大会スタッフの来るまで先回りしつつフィニッシュまで行くらしい。リタイアの原因は低体温症だったがオーロラの写真を撮ろうと停滞したのが引き金になったという。昨夜はたいしたオーロラじゃなかったから、事前にオーロラツアーとか行っていいオーロラを見れていれば無視できただろうな。昨日はほとんど眠っていないのでCPでしっかり眠っていくことにした。
8時40分ごろ外に出てトレーラーにドロップバッグを入れて準備完了。イーグルプレインズから北へ向かう道にあるゲートに選手が集まってくる。350マイルが17人、120マイルが6人の出場。
レースのフィニッシュ関門は8日後。ただしユーコン準州からノースウエスト準州に入るときに時差+1時間さらにサマータイムで+1時間されるため、実際には7日と22時間が制限時間になる。スタートするとまずは長い下り坂。トップに1人飛び出した選手がいて、それを追いかける松村さん。松村さんは撮影のためにトップを追いかけているのかと思ったら、どんどん突っ走ってトップ2人で視界から消えてしまった。こちらは急がずぼちぼちで。ただこの後に登り返しがくるので登りでがんばらなくていいように下りも特にペースを抑えることはしない。37kmのアークティックサークル(CP1)までは体力が有り余っている想定で時速6kmを予定している。そのためやや薄着でスタートしたがそれでもしっかり汗をかいている。気温はマイナス15度程度なので特別暖かいわけではないが。
何度かアップダウンを超えると松村さんが見えてきた。ちょっとばてているようで背中がどんどん大きくなってくる。スタートから4時間15分後、松村さんを抜かしたところで自分のポジションは全体の3位。ちょっと早すぎ?。暑く感じたので上着(ナノエア)を脱いでアンダーウェア(キャプ・サーマル)とベイパーバリアシャツの2枚になる。下り坂を軽く走るとベイパーバリアシャツの内側で汗が凍ってメリメリと音を立てている。ちょっと嫌な感じ。今はハイペースで動いているからいいけど夕方になってペースを落としたら、そのときにどうしようか・・・。CP1が見えてきたところで疲労を感じてペースダウン。何人かに抜かされる。この辺ではまだ団子状態なので、ちょっとしたことで抜かしたり抜かれたりする。CP1に15時19分到着。予定よりも9分遅れ、上出来だ。
午前中は買い物。去年来た時に買ったお皿と同じデザインのサラダボウルを買う。その他多少の土産物を買った。午後はコインランドリーで洗濯を回しつつ荷物のパッキング。続いて仕事(システム系)。帰国後にスムーズに日常生活に戻る準備という感じ。ユーコンに来るときは日程に余裕を持つもののそんなに遊ぶことがあるわけではないので、何事もなければ普通に生活しているような時間の流れになる。明日の朝の空港送迎の予約して帰国準備完了。
夜はホワイトホース在住の日本人グループと食事。またゴールデン桜寿司に行く。月曜日と火曜日は20%OFFというかなり思い切った価格になっていた。日本食レストランが増えたから競争しているのだろうか。自分はSUSHI COMBO #4にした。1貫が大きくて食べごたえありおいしい。
杉本さんにレース用のソリを預かってもらった(そこから櫛田さんのオフィスへ)。次にソリに会うのは2年後でしょうか。3年続けてきたから、これでしばらくはユーコンのレースのことを考えなくてよいのはほっとしたような少し寂しいような不思議な気持ち。ほんとうに素晴らしい経験をさせていただきました。
また必ずユーコンに遊びに来ます。ありがとうございました!
午前9時から取材対応。インタビューの撮影をおこなう。外の景色のいいところで撮りましょうということで、シップヤードパークでおこなった。Yukon Arctic Ultraのスタート地点。懐かしい。その後取材チームとTim Hortonでコーヒータイム。いろいろな話ができて楽しかった。13時ごろ松村さんと待ち合わせてパンダパンダへ昼ごはんに行ったら、パンダパンダは3/15~4/2は長期休暇で閉まっていた。ハイカントリーインのカフェで昼食にしているときに櫛田さんと連絡が取れたのでハイカントリーインに来てもらって合流。レース報告などおこなう。櫛田さんに飛行機でお持ち帰りできないホワイトガソリンを引き取ってもらう。櫛田さんにソリをオフィスに置いて帰ってもいいと言われるが少しだけ考えることにする。ホワイトホースにソリを置いて帰るということは、次もホワイトホースで使う(Yukon Arctic Ultraに出場する)ということになってしまうから。
ホテルに戻って荷物整理とランドリーで洗濯を開始。ある程度きれいにして持ち帰り、帰ってからの手間を減らしたい。19時にレース閉会パーティのためハイカントリーインに行く。閉会式はそもそも参加者が少ないこともあってとてもアットホーム。完走していない人も、取材チームまですべての人に対して主催者マーティンがコメントをし表彰をしてしまうという自由さだった。イヌクシュクのオブジェも完走していない人ももらえる。優勝者はサイズが大きかったりはするが、なぜか出場者ですらない取材チームディレクターにもオブジェが贈呈されていた(笑)
閉会パーティが終わってジャズさんと少し話す。ジャズさんは取材チームのドライバーとして参加していて、2015年のYukon Arctic Ultraも取材チームのサポートとして参加。イーグルプレインズで「おれを覚えているか?2年前にスノーモービルの後ろに乗せたんだぞ」と話しかけられて再会していた。2015年はリタイア後のドッググレイブレイクからブレイバーンまでジャズさんのモービルに乗せられて山から脱出したのだった。「次はいつユーコンに来るんだ?」と聞かれたので「たぶん2年後かな」と答える。2年に1度の430マイルは来年はないため。なのでソリは櫛田さんに預けて帰り2年後に430マイルを目指すのを基本的な計画にしようと思う。(←もうこんなことはやらないと思った辛さを忘れかけている)
明後日早朝にユーコン出発なので、明日がホワイトホース最後の一日。
ドーソンシティを出て昨日来た道を少し戻って?デンプスターハイウェイに入る。この先は小さな集落しかなさそうだし道も悪いのかと思ったら、車は昨日と変わらない道を100km/hほどで走っていく。途中2回景色のいいところで車を停めてくれて、外を歩いたり写真を撮ったりできた。今日は暖かく(マイナス15度くらいだが直射日光があるので)風も弱いのでレース中もこんな感じならいいのにと思った。北に行けば行くほど木は生えていないし、あっても背が低くなっていくので風が吹いたら大変なことになるのは想像できる。どのくらい大変なのかはよくわからないが。
14時40分ごろイーグルプレインズに到着。イーグルプレインズは道の駅のような雰囲気。景色が素晴らしい。今日はここに宿泊し明日の朝9時にここからレーススタート。部屋でスタート時の状態にソリをセッティング。レース中に頻繁に使うものはザックへ、確実に使うものはソリの前方へ、たぶん(ほとんど)使わないものは後方へ分けて準備完了。ドロップバッグは明日の朝レーススタート前に預けることになった。
今日は8時起床。9時半トレーラーに荷物積み込み。10時半ホワイトホース出発。550kmのドライブでドーソンシティへ向かう。ブレイバーンロッジで軽いお昼休みがあって17時にドーソンシティに到着。ダウンタウンホテルにチェックインし周辺を散歩。思っていたより普通に街だった。お店はみんな小さいけど。19時半から夕食。そのあとSOURTOE COCKTAILという儀式に参加。ここから北に向かう人が凍傷にならないように、カクテルに沈められた凍傷で切り落とされた指に唇が触れるまで一気飲みするというもの。儀式なのでちゃんとやりましたが、基本的にお酒飲めないのでくらくら。儀式を受けた証明書をもらいました。明日は午前中は少しドーソン散歩する時間もあるかも。それからさらに500km先のイーグルプレインズに移動します。
朝8時30分に起床。9時30分ごろからホテル移動のため荷物運び。ハイカントリーインのチェックイン時間は15時なので、先日からハイカントリーインに泊まっている松村さんの部屋に荷物を運びこませてもらう。1回目の荷物を運んでからモーテルに戻ってチェックアウト。れなっちとすべての荷物を運んで移動。荷物が重くてたった徒歩10分程度の移動中に何度か足をとめて休憩し、ハイカントリーインについたらロビーのソファーでぐったり。
主催者マーティンが通りかかり私と松村さんが揃っているのを見て「キットチェック(必須装備チェック)できるか?」とのことで11時から松村さんの部屋で装備チェックを受けることになった。装備チェック各個人の部屋でおこなうので、普通なら私の場合は夕方チェックインしてからになるので、午後にブリーフィング、装備チェック、練習会?(初参加の人は必須)と休む間もなく連続かと思っていたので助かった。私の荷物は松村さんの部屋に揃っているため主催者の手間も省ける。当たり前の装備はユーコンアークティックウルトラの装備チェックを通っているため心配なかったが「ミラー」と言われ「思わず松村さんに義務装備リストにミラーなんてありましたっけ?」と聞く。やっぱりないとのこと。でも2人とも自己判断で凍傷チェックの鏡(主催者の意図もそれ)を持って来ていたので通過。
ハイカントリーインのレストランで昼食にして14時からブリーフィング。去年までのユーコンアークティックウルトラも集合・ブリーフィングはこのホテルなので同じ場所(大部屋)でブリーフィングかなと思ったら、なんと普通の会議室だった。ユーコンアークティックウルトラの参加者も少なかったが、こちらはもっと少ない。早口英語のブリーフィングは聞き取れず眠くてくらくらしていたが、一つだけ重要なことが聞き取れた「レース中はヘッドホンで音楽禁止」これはすぐに眠くなる自分にとっては死活問題。続いて「昼間は車がよく来るから」と言ってた気がしたので、松村さんに「時間帯によりだったりしませんか?(夜ならOKとか)」と聞いたが「ヘッドホンじゃなく片耳ならいいんじゃない?」とか言っている。
ブリーフィングが終わってからチェックインし荷物を自分の部屋へ運ぶ。そういえはハイカントリーインはアパホテル系列だとか?部屋にアパホテルの本はありませが。マウンテンスポーツにちょっと買い物に行って戻るともう練習会?の時間。17時30分にクロンダイク号の前の広場に集合なのでソリを引いて向かう。集合してからみんなでソリを引いてユーコン川沿いを上流へ進む。広くなっているところでビバーク態勢を作り、ストーブに火を付けるというのが課題。ビバーク態勢は誰もポールを使ってテントを立ち上げずごろ寝なんですが大丈夫なのかな?自分も今回は時間節約でできるだけごろ寝にしようと思っているので、なんかみんなが吹きっさらしでごろ寝で主催者もNGを出さないことにほっとした。ストーブに火を付けると円形に炎が出るところ半円にしか出ない。なんかやばいぞと思ったらマーティンが来てOKか?と聞くので「OKだ」と返す(OKじゃないけど)。日本出発前にテストしてOKで、でも念のため掃除してまたテストしてOKだったのにここでおかしくなるとは。
ホテルに戻ってソリをチェックすると車輪を固定するナットが取れて紛失していた。輸送するときにばらしたり組み立てたりする部分なので念のため予備のボルトとナットをいくつも購入してあるので問題はないがたかが数キロで紛失してしまうのはちょっとまずい。新しいナットを力を込めて占める。夕食は昨日まで宿泊していたモーテルのそばにある「パンダパンダ」というヌードル屋へ。怪しいたたずまいでいままではパンダパンダに行くくらいならマクドナルドへという感じだった。閉店40分前(21:30終了のところ20:50)で店員さんはお店のかたずけをしながらめんどくさそうな対応。でもOKだというのでメニューを見せてもらい店員さんお勧めのワンタンメンを注文。お料理が出てくるのを待つ間にもお店の閉店準備が進み、周りのテーブルの上に椅子が積み上げられていきます。しばらくして麺登場。すごくおいしい!(特に麺よりも具が)れなっちは別のメニューを頼んだので少し交換して食べてみたがどちらもうまい。パンダパンダなかなかやるな!れなっちは明日もパンダパンダに行くことにしたらしい。
ホテルに戻ってからうまく燃焼しなかったストーブの対応。分解しもう一度組み立てる。出発前に分解したときにこれはなんだ?と思ったシェーカーニードルという部品を説明書をきちんと見ながらセット。外に出て火をつけるとうまくいった。部屋で明日の出発に持っていく荷物を整理。けっきょくほとんどの荷物を持っていくことになり、ハイカントリーインに預けるのはがらがらのスーツケースのみ。主催者はこの大量の荷物と参加者全員をどんな車で運ぶのか気になる。たぶんブリーフィングで説明していると思うけど聞き取れていないからよくわからない。
これでホワイトホースを離れ北に向かいパソコンは持っていかないのでもしかしたらスタート前最後の更新の可能性あり。たぶんあと2泊ドーソンとイーグルプレインズでもwifi使えると思うけど。まあ一応いまのところの作戦を書いておくと、基本的には「がんがん行こうぜ!」体力面の不安はないのでペースメイクはあまり神経質にならなくていいかもしれない。怖いのは風で場合によっては進めなくなってゲームオーバーの可能性もある。バラクラバのテスト結果が微妙なので強風を正面から受けたときの顔の凍傷も要注意。最初の3日が難しくて特に強風なところ(マヒャド地帯。そこの景色が素晴らしいらしいのだが)に1日目の夜に差し掛かる。そこでもっとも厳しい峠で力尽きないように、その手前で早めでも行動を打ち切って一度寝るつもり。それによりフレッシュな状態で強風に突っ込み、かつ明るい時間い素晴らしい景色を楽しむというように持って行ければと思っている。まずはそこを超えてから後の流れを考えます。基本は明るい時間帯を有効に使うため夜ひっぱり過ぎずにきちんと寝たい。
