忍者ブログ


パラグライダー練習。NPコース1日目。新しいステップに入ったがBコースでやるべき翼端折りをしていなかったため最初の2本はBコースのルートで飛んで翼端折りをする。風の状態がよく飛びやすかったので、次の2本はNPコースのリッジソアリング。尾根と尾根の間を行ったり来たりして上昇気流に入ってみる。尾根の上でターンすると持ち上げられるような感じがする。今までは降りる一方だったけどあまり高度は下がらず今までより長い時間飛んでいられる。今日は本数は控えめの4本だったけど充実していて楽しかった。あと10日くらいで注文してある自分のグライダーが届くらしい。
PR
伊豆大島ロゲイニングの翌日は宿泊した朝海館・別館(コテージ)から本館に移動して朝食。朝から雨が降って天気が悪かったが、止んだので車で予定通り三原山に登りに行く。駐車場から山(舗装路)を歩いていると雨が降ってきたので本当の山頂までは行かず火口を覗ける場所まで行って折り返し。幸い本格的に雨に濡れずに戻ることができた。帰りはジェット船で岡田港から竹芝桟橋へ1時間40分くらい。(行きのフェリーは同じ経路で8時間こちらは横浜港に寄る)

竹芝でツアー解散後、参加のみなさんは軽い打ち上げに行ったが自分は大学の年に1度の集まりがあるので品川へ(東海大学高輪校舎の学祭の最終日の夕方と決まっている)。17時過ぎに研究室到着。といっても自分が卒業した後、校舎が全体的に建て替えられたのでまったく違う場所になってしまっているけど。自分はそんなにいろいろ話したりはしないけど、みんなが話しているのを聞いて「みんな年取ったなあw」と楽しんでいた(笑)学生のときに割と若手だった先生がもうキャリアの終わりが視野に入っていたり、先生が年を取ったことに突っ込む昔の学生も「あなたも十分年取ったよ」と思ったり(口には出さないけどw)。この日にやってくる昔の学生は自分の代の数人と1つ下の学年の数人で、その2つの代は部活が一緒だったり卒業研究のテーマを引き継いでいたりするので先輩後輩ではなくお友達。それ以外の代の人はほぼ見ることがないが今回は2001年卒の人が1人だけ来ていた(いつものメンバーは前世紀卒の1995, 1996年)。

前回会ったのは1年前なのにそう感じなくて一瞬で1年経ったことに危機感を感じつつ解散。「また来年ー!」と別れて、別に3カ月後でも半年後でもいいけどと思ったけど、まだ昔話をして過ごすのは早い気がするから1年に1度でいいかもしれない。
伊豆大島ロゲイニングの1日。朝、6時間の部に出場する女子チームのサポートをしてスタートを見送り、岡田港にジェット船で到着する4時間の部の男子チームを迎えに行く。車の中でロゲイニングについて説明をし会場でも少しできたが、時間に余裕がなく、前日のフェリーから一緒にいる女子チームに比べるとあまり細かく伝えることはできず。

自分も一緒に準備をして4時間ソロに出場。南に向かってすべてのCPを取り三原山に登って(三原山の山頂には行かずカルデラの中の平らな所まで)元町港に下る計画。序盤の南下で学生っぽいオリエンテーリング選手と(ウエアでわかる)、前に会ったことのある速いオリエンテーリング選手の男子ペアがすぐ後ろからずっと付いて来ていたので、同じような走力でここまで一緒だったら最後まで一緒かも、嫌だなあと思っていた。終盤3時間30分(制限4時間のうち)を経過しても、まだCPを出戻りで取るような場所ではオリエンテーリングペアとはすれ違った。ちなみに自分は1人参加のソロ部門、オリエンテーリングペアはチーム部門なので順位表彰には関係ない。

結果は自分は4時間ソロで優勝、オリエンテーリングペアは4時間チームで優勝だった。スコアは自分が1265点、オリエンテーリングペアが1200点ちょっとで僅差で勝っていた。4時間ソロは参加者数も少ないため、優勝と言っても「だって参加者少ないから」という感じだがオリエンテーリングペアに勝てたのはとても嬉しかった。走行距離は34kmだった。

温泉に行ったあと朝海館別館でBBQして、優勝賞品をじゃんけん大会してみんなに分けた。今回はツアーのガイドとして呼ばれているので、眠くてもがんばって起きていたが雑談に参加しただけで終わった。ちゃんと役割を果たせているか若干心配だ。
3か月前に買ったPC、ThinkPad X1carbonを初めて電源ONにし基本的なセットアップをおこなった。現在使っている東芝Dynabook v73はもう4年半になり、まだまだ現役だがさすがに耐用年数的にそろそろ壊れてもおかしくないので次のものを準備。

新しいほうはOfficeもパッケージ購入ではなくサブスクリプションにした。最近のソフトはだいたいサブスクリプションになっていて、いつまでも古いソフトを使いたいというわけでなければ、2~3年に1度新しいバージョンを買うのと変わらない金額で常に新しいものを使えてパッケージを管理する必要もないから楽な感じ。

開発環境とか全部一気に移すのは大変なので少しずつ作っていって2019年末で完全にメインPCを切り替えようと思っている。



パラグライダーで撮った360度動画をリトルプラネットにしてみた。テイクオフの正面が富士山で後ろが天子山地。

昨日菅平から移動して甲府泊にし、今日は睡眠、体力、気力十分で気合を入れてパラグライダースクールに行ったが北風強風で飛べず、午後風が収まったらテイクオフが西からの追い風になってしまい一度も飛べませんでした。行ったけど一度も飛べなかったのは初。

いつもランディングで見てくれているスタッフが校長に「せっかく来たからB級ライセンスの申請書作ったら?」と言って、申請書作成と次のNPコースのための座学をやった。座学の最後に「じゃ次のときはテイクオフで今日からNPコースですって伝えてね」と言われて「えっ?!」っとなった。まだやっていない課題ありますし、20本しか飛んでませんけどと言ったが「まあ全部埋めなければいけないわけでもないし」的な感じで、飛ばなかったのにBコース卒業?という急展開。申請書出してしまったのでライセンスは取得できてしまいそうだけど、当面はBコースの練習をして真のBコース卒業になるようにがんばります。(やっぱりちゃんと飛んで卒業したいよなー)

NPコースの説明を聞いたら一気に飛べるエリアが広がるけどスタッフの目が届かないところは飛びたくないな(笑)たぶんBコースのエリアでちまちま飛んでると思います。


天気予報は晴れっぽかったが、白樺荘付近は曇り(霧?)。ゲレンデを登り根子岳を目指す。軽く走るがすぐに息が上がってしまい走るのはあきらめた。来月はネパールで5500mまで上がるのに1500m足らずでこれでは心配だ。避難小屋を過ぎると空が明るくなってきて、小根子岳あたりで雲海が見えるようになった。標高2000mから上はとてもよく晴れている。動き出しにはあはあしていた割には上のほうに登ってきてもそれほど苦しくない。走れはしないけど。根子岳山頂に着くと団体登山がいて賑わっていた。雲海がきれいなのでしばらく写真を撮ったりしてのんびりする。折り返して下っていき時間も体力も余裕がある感じだったので小根子岳から小根子岳北肩(米子分岐)を通って行く。こちら方面は登山者が少ないと思うので熊避けにスマホで音楽を流しながら行った。登山道はわりときれいだった。台風の影響も感じなかった。

菅平高原ダボススキー場まで降りて、なんとなく物足りなかったのでもう一度根子岳に登ることにした。同じところから登っても面白くないので菅平牧場を横切って牧場の管理棟(根子岳・四阿山登山口)から登ることにした。登って行くと根子岳1回目のときに山頂にいた人たちとすれ違う。山頂で出会っていて、みんなのほうが先に降り始めたのに山頂に残っていた人が下からまた登ってきたことに気が付いた人はいただろうか?2回目の根子岳の後はまっすぐ白樺荘に下った。上り始めたときはだめだこりゃという感じだった割にはよく動けたと思った。

距離20km、獲得標高1500mくらいかな。
白樺荘(標高1300m)〜菅平高原スキー場〜根子岳(標高2200m)〜小根子岳肩(米子分岐)〜菅平高原スキー場〜牧場横断〜菅平牧場管理棟(標高1600m)〜根子岳(標高2200m)〜菅平高原スキー場〜白樺荘。

17時に上田で前職の先輩カズマさんとはま寿司(回転すし)に行って夕食。19時30分過ぎに上田を出発して甲府まで移動し(22時着)ビジネスホテル泊。明日は朝霧高原でパラグライダー練習してから帰ります。近く(富士山付近)を通り過ぎて自宅に帰って、また別の日にパラグライダー練習に行くより、どうせ近くを通るので寄っていったほうが効率的だと思い。甲府からなら1時間程度で朝霧高原に着くと思うので体調万全でよい練習をしたい。

根子岳を登っていて思ったんだが、根子岳山頂からパラグライダーで白樺荘に帰れると思った。もし距離が出なくても牧場とスキー場なのでどこにでも着陸できるし。根子岳にフラッグ(CP)を設置してパラグライダーで帰れるようになることを目標にしよう。


ロゲイニング菅平高原大会は中止にしたが菅平高原へ向かう。目的はホテル白樺荘に送ってある荷物の回収&整理と来年の予定の打ち合わせ。後はスタッフ集合時間、参加者集合時間に現地にいれば、うっかり来てしまった人がいても寂しくないように。(連絡手段がメールのみなので)

普通に朝出発すると大渋滞にはまると予想して夜中移動と思っていたが仕事が遅くなり、3時出発。
自宅~御殿場(東名)~一宮御坂(中央)~須玉(中央)~八千穂(中部横断)~上田菅平(上信越)~菅平。
所用時間8時間、うち睡眠2時間40分、食事休憩50分で、実質4時間30分と下道が多い割には早く着いた。ネットで高速道路の状況を見ても渋滞は少なく、長野に入ってからは特に交通量が少なかった。

天気予報は雨だったが菅平は良く晴れていて暖かかった。スタッフのマイケルさんとOQが顔出しに来てくれた。まずは大会運営の荷物の確認と白樺荘・鈴蘭舘との今後の予定について打ち合わせ。以下のように日程を決定しエイド用の飲料・食品は白樺荘で預かってもらうことになった。
2020年3月1日:スノーゲイン
2020年5月30日~31日:ロゲイニング菅平高原2019(今回中止分のスライド開催)
2020年10月31日~11月1日:ロゲイニング菅平高原2020(簡易運営で競技時間20時間以上)→まだこれは確定とまでは言えない

OQは会うのが10年以上ぶりですごく懐かしくどうしていたのか長い話をした。晴れていて明日も晴れ予報なので、もうずっと晴れているのだろうと後で山に行こうと思っていたら雨になってしまった。夕方以降は1人菅平に残り白樺荘泊(もうやること終わってしまったけど)。星がきれいに見えていたので星の写真を撮ろうと思ったが準備して出るとまた雨が降っていた。天気の変化が激しい。明日は晴れ予報なので根子岳に登ろうと思う。
業務が忙しいが無理を押してパラグライダー練習へ。いつもより早く家を出たのにいつもより遅く着いた。11時にテイクオフに上がる。しかし無風or弱い北風&西風で待機(通常は南東の風が吹く場所なので珍しい)。上手な人たちも待機。1本目を飛べたのは13時だった。雲が湧いてきていて視界が薄っすら白くなった。昼食を持ってテイクオフに上がると今度は雲で真っ白、そして待機。

待機が長いのでテイクオフのおじちゃんと話をしていると、登山の話からおじちゃんは昔シャモニーに2年住んでいたという。自分も去年と一昨年シャモニーに行ったのでシャモニーの話をしていた。モンタンベールのレストランで働いてたという。登山をしていてロープウェイの中間駅からエギーユ・デュ・ミディに登ったとか・・・(岩の絶壁で富士山より高いw)おれは街からロープウェイの中間駅までは歩いて登ったが、その先はヤバイ。

おじちゃんがなぜ2年も住むことになったかというと帰りの飛行機代を持たずに(お金がなかったので)現地に行き、帰るお金がないから現地で働いて周辺の旅行して、また帰るお金がないから働くということを繰り返していたらしい。どちらかというと生きるために働き詰めだったそう。そのほかにもサハラ砂漠を旅したとかオーストラリアを自転車で横断したとか、ただのテイクオフのおじちゃんではなかった。飛べなくて暇なのでチョークで地面に地図を書いて旅行の話をした。

どう考えても今日は山からはもう飛べなさそうな天気になったので車で下に戻り講習会場の丘に行く。講習会場は4カ月半ぶり。1本だけ丘の一番上から飛んだ。風がないから超低空飛行だったが。今日は練習の進捗はなし。新しい練習項目に進むためにも日帰りではなく1泊2日とかで練習に行きたい。日帰りだと運転ですでに疲れているし朝一で到着がけっこう難しいので(朝早く起きれない)。

今日は前回スクールに行ったときに見積もりを出してもらっていたパラグライダーを正式発注にしてもらった。1カ月後くらいにマイグライダーが届く。11/23からネパールだからマイグライダーを使うのは年明けからになるかもしれない。
鶴見川沿いを新横浜公園までジョギング。歩道が橋の下を通る下がったところでも泥が溜まっているところはなく何事もなかったような感じだった。新横浜公園は水びたしでテニスコートは水が張っていたけど、ここは遊水地なのでOK(時々ゲリラ豪雨でも水没する)うちの近所に関しては台風の被害は特に見当たらなかった。

ジョグ23km、2時間18分(6'00/km)
«前のページ]  [HOME]  [次のページ»
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501
プロフィール
HN:
かばっち
HP:
性別:
男性
職業:
system engineer
自己紹介:
なぜか砂漠にひかれサハラ・アタカマ・ゴビ・南極でおこなわれたレースに出場。これからも世界の絶景を見に行きたい。
カレンダー
12 2020/01 02
S M T W T F S
1 3 4
7 8 9 10 11
12 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新コメント
[02/24 まー太郎]
[02/13 鈍足]
[02/13 NONAME]
[01/31 asa]
[01/30 鈍足]
ブログ内検索
カウンター
アーカイブ