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今日は日中に大宮のビックカメラにビデオカメラのバッテリーを買いに行った。ビックカメラのネットでの価格を見かけてなんとなく覚えてはいたのだが店頭で見ると少し高い。しかしせっかく来たのでバッテリー2つと充電器を買って帰った。
帰宅してからネットの価格と比較してみたところ以下の通り
■ビックカメラ(ネット店舗)
バッテリーパック NP-FV70:9980円(ポイント10%)
アダプターチャージャー AC-VQV10:9980円(ポイント10%)
■ビックカメラ(リアル店舗)
バッテリーパック NP-FV70:10500円(ポイント5%)
アダプターチャージャー AC-VQV10:10800円(ポイント5%)
バッテリーは2つ買っているため差額は1860円。ポイントの差が1328円。合計で3188円になる。
交通費と時間をかけてわざわざ高い買い物をしに行ったわけだ。
どうやら大抵のものはネット店舗のほうが安いようだ。輸送費とクレジットカード手数料が余分にかかるはずなのに(購入者は負担しない)。少し調べてみると、どうもネットでは簡単に価格の比較ができてしまうため値下げ競争が激しく低価格になるということのようだ。リアル店舗でも大型電機店が立ち並ぶ場所では価格競争が発生して安くなるらしい。
つまり大宮という微妙な場所で買ったのも失敗ということになる。ある程度まとまった金額になるものはネットで買うか、リアル店舗ならヤマダ電機、ビックカメラ、ヨドバシカメラなどが集まっている場所で買うのが正しいようだ。
ただこれはいろいろ無理が発生しているような気もするわけで、みんながこういう買い方をするようになったときリアル店舗は今後どうなっていくのか多少心配ではある。それでも私はもう買うものが決まっているならネットで買うようにします。
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ビデオカメラを買ってきた。撮影班初参加なので自分のカメラがなければ当日は借りれそうだったのだが、練習にも使いたいしいい仕事ができればまた次の機会にも呼んでもらえるかもしれないので、チャンスを生かすための大切な投資とも言える。
SONYの一世代前の上位機
このカメラで4月末のあのレースを公式映像チームの一員として追う!2年前アタカマ・クロッシングで自分が撮影されていて、カメラマンとして来ていたコマケンさんに「僕もそういうのやりたいな」と言っていたのだが、今度はコマケンさんや田中正人さんと一緒のチームでカメラマンデビューするという幸運に恵まれた。道具はよいものを用意できたのであとは初心者な自分のスキルをどこまで上げれるか。練習あるのみ!(そしていつか海外レースの撮影に行きたい)
某所から某任務のお手伝いを頼まれて山中湖へ行った。やることは山を走る簡単なお仕事である。9時前に山中湖きららに到着し30分ほどジョギングする。秘密任務ということだったので誰にも言わずに出動したのだが、集まってみると次から次へと知っている顔がやってくる。
30人ほどが一斉スタートで指定されたコースを走るのだが、自分は今回はもう一つの目的があり先週の青梅に続いてトレランの映像撮影の練習。カメラは一眼レフのままだが今回はカメラを取り付けるグリップを用意した。これがあれば安定した映像を撮りやすくなるらしい。 スタートしてまずは先頭集団へついていく。飛び出したのは去年UTMF10位の武藤さんと矢島さん。走りやすい緩やかな登りの林道で、まだしっかり登り始めていないけどペースが速くてついて行くだけで精一杯。傾斜がきつくなってきたところであっさりちぎられた。
撮影しながら話しかける練習もするように指示をもらっていたので第2集団を待って何人かと並走しながら会話をする。横向きの撮影は顔を撮りながら会話しているつもりだったが、後から確認してみるとあまり表情を捕らえていなかった(空振りが多かった)。
青梅で練習したときは下りの映像がぶれすぎていて、そこが一番の課題と感じていたので前のほうに出て少しでも速い下りを撮ろうとペースを上げて前を追いかける。しかし追いつくというのはかなり難しいもので本格的ながっつり登りは1人旅になってしまった。ここも誰かと一緒になって撮影練習したほうがよかった。
石割山で福田さんに追いついたので下り撮影に入る。最初は先行してカメラだけ後ろに向けて撮り、途中で見送って追走してみた。映像用ではない一眼レフカメラで撮っているので映像は振動でぶれるのだが、先週に比べればだいぶ見れる映像になった。専用機で撮ればなかなかいいのではないかという期待が持てる。 ただ後ろ向き撮影は難しいな。
二十曲峠まで降りてからはロードで忍野へ降りて終了。もう少し走りたかったな。帰宅後Youtubeに映像をアップして映像班のボスに見てもらったら下りは安定している登りはまだまだということで、ただ追いかけるだけではない練習の指示をいただいた。日々進歩するべく練習あるのみ!
30人ほどが一斉スタートで指定されたコースを走るのだが、自分は今回はもう一つの目的があり先週の青梅に続いてトレランの映像撮影の練習。カメラは一眼レフのままだが今回はカメラを取り付けるグリップを用意した。これがあれば安定した映像を撮りやすくなるらしい。 スタートしてまずは先頭集団へついていく。飛び出したのは去年UTMF10位の武藤さんと矢島さん。走りやすい緩やかな登りの林道で、まだしっかり登り始めていないけどペースが速くてついて行くだけで精一杯。傾斜がきつくなってきたところであっさりちぎられた。
撮影しながら話しかける練習もするように指示をもらっていたので第2集団を待って何人かと並走しながら会話をする。横向きの撮影は顔を撮りながら会話しているつもりだったが、後から確認してみるとあまり表情を捕らえていなかった(空振りが多かった)。
青梅で練習したときは下りの映像がぶれすぎていて、そこが一番の課題と感じていたので前のほうに出て少しでも速い下りを撮ろうとペースを上げて前を追いかける。しかし追いつくというのはかなり難しいもので本格的ながっつり登りは1人旅になってしまった。ここも誰かと一緒になって撮影練習したほうがよかった。
石割山で福田さんに追いついたので下り撮影に入る。最初は先行してカメラだけ後ろに向けて撮り、途中で見送って追走してみた。映像用ではない一眼レフカメラで撮っているので映像は振動でぶれるのだが、先週に比べればだいぶ見れる映像になった。専用機で撮ればなかなかいいのではないかという期待が持てる。 ただ後ろ向き撮影は難しいな。
二十曲峠まで降りてからはロードで忍野へ降りて終了。もう少し走りたかったな。帰宅後Youtubeに映像をアップして映像班のボスに見てもらったら下りは安定している登りはまだまだということで、ただ追いかけるだけではない練習の指示をいただいた。日々進歩するべく練習あるのみ!
青梅へトレイルランニング撮影に行った。奥山けんちゃんが小野くんのトレラン撮影をすると言うので、便乗して自分は動画撮影の練習に。ビデオカメラはないので一眼レフカメラで動画を撮るという少々無理のある感じだが、ひとまず適当に撮ってみて次回以降少しずつ改善していけばいいだろう。9時に青梅駅集合なので遅刻しないように8時半までに到着し駅前のモスバーガーで朝食にする。9時に3人合流し準備してトレイルへ。スタートは9時50分くらいだった。
まずは本題のけんちゃんの小野くんの撮影。邪魔しないように後方から撮影している2人を写真に撮ったりして遊ぶ。走り始めてからはちょこちょこと自分も動画撮影し止まったときに軽くチェック。登りと平地はうまく撮れているが下りはそっと走っているつもりでもぶれまくっている。
途中で池さん達と青梅高水トレラン大会の試走に来ておいて行かれたれなっちと出会った。11時に青梅をスタートする別グループのヨーキ達はなかなか追いついてこない。しばらくするとヨーキグループのまさみさんと矢島さんが高水方面から走ってきて間違えてゴール地点(御岳駅)に行ってしまったと青梅方面へ走っていった。
今日は天気が下り坂で午後は少し雨が降るという予報だったので持ってきた水の量は少なめだったが、意外と蒸し暑く高水に到着する前に飲みきってしまった。高水を過ぎれば御岳まで下るだけなので何とか持つかな。高水の神社で池さんグループと一緒になった。少し休んでから御岳方面へ。下りはあまり止まらずに長い時間動画撮影回しっぱなし。ここはあまり揺れないようにとか気にせずに楽しく走った。後から映像を確認すると一生懸命走ってスピード感はあるが映像として鑑賞に耐えれる代物ではなかった。下りは工夫と練習が必要だな。
14時半ごろ御岳駅にフィニッシュ。走っていた時間は3時間半くらいで20km程度だろうか。おしゃべりしながら撮影しながらのトレランはとても楽しかった。やっぱり毎回ロングレースで内臓が気持ち悪くなってしまうレースよりもお友達企画のほうが自分向きな楽しみ方かもしれない(レースもうまく走りたいのだけど・・・)。トレラン撮影で新しい楽しみ方見つけられたかも。
カメラを直に持つのではなくグリップハンドルを使うと格段に撮りやすくなると田中さんとかこさんからアドバイスをいただきさっそく購入しておいた。次の撮影が楽しみ!
13時半から上野の「梅の花」というお店で久々の大学研究室同窓会(東海大学短期大学)。前回がいつかなど忘れてしまっていたが5年ぶりらしい。自分のHPの記録を探すと、2008年1月19日に浅草散策+梅の花(今回と同じお店)でおこなっていた。その前の年、2007年11月3日(学祭の日)には母校の研究室でも顔を合わせている。このあと短期大学は廃止され東海大学の4年制に一本化されて、それ以来大学に集まることはなくなったのだった。
それでも30歳過ぎても大学に出入りしていたから研究室好きなメンバーではあった。 思ったよりはみんな変わらずだったが、言われてみれば全体的に横に大きくなった印象。さすがに大学時代から20年ほど経過し、近況報告をするわけでもなく年月が流れているので完全に別々の人生を歩んでいる。とりあえず元気そうで何よりだった。みんな健康に長生きしましょうね♪
次に会うのは何年後になるかわからないけれど、次の10年でさすがに見た目もだいぶ変わるだろうな。先生からはボランティアしている児童施設で砂漠や南極の話をしてくれないかと依頼があったので近いうちにまた会うと思います。
追伸・・・南極とこれまでの砂漠の写真を回覧した。私とひろっちが写っている写真を見てひろっちを差し「兄弟?」と言われた。レースに行くと自分とひろっちは外国人選手から「兄弟か?」と聞かれるのだが、やっぱり兄弟らしい。
それでも30歳過ぎても大学に出入りしていたから研究室好きなメンバーではあった。 思ったよりはみんな変わらずだったが、言われてみれば全体的に横に大きくなった印象。さすがに大学時代から20年ほど経過し、近況報告をするわけでもなく年月が流れているので完全に別々の人生を歩んでいる。とりあえず元気そうで何よりだった。みんな健康に長生きしましょうね♪
次に会うのは何年後になるかわからないけれど、次の10年でさすがに見た目もだいぶ変わるだろうな。先生からはボランティアしている児童施設で砂漠や南極の話をしてくれないかと依頼があったので近いうちにまた会うと思います。
追伸・・・南極とこれまでの砂漠の写真を回覧した。私とひろっちが写っている写真を見てひろっちを差し「兄弟?」と言われた。レースに行くと自分とひろっちは外国人選手から「兄弟か?」と聞かれるのだが、やっぱり兄弟らしい。
今日は購入した冒険野郎マクガイバーのDVD鑑賞。学生時代に激しくはまり、この冒険野郎が走り始めたころの駅伝チームの名前になり、ホームページの名前になり、アドベンチャーレースに出始めたころのチーム名になった。いわばルーツ。はまってたころは理系オタク学生で、本当に冒険するようになるとはまったく思ってなかったけど。20年経ってから見ても、やっぱりマクガイバーは最高だ!
主人公のマクガイバーはフェニックス財団のフリーエージェント。毎回かなり無茶な任務を与えられて単身・丸腰で危険地帯に潜入する。武装集団との戦闘になることも多いが銃が嫌いなため、たいてい話の序盤で一度敵に捕まって拘束される(なぜかすぐには殺されない)。それから脱出・敵を捕獲して任務完了となるのだが、銃は絶対に使わず身近なものを使ってなんとかする。たとえば農薬を使ってロケット砲を作るとか(笑)たいへん勉強になるドラマなのである。私も大学の研究室でマクガイバーの真似をして硫酸をチョコレートで固めようとしたのはよい思い出になっている。マクガイバーの愛用するビクトリノックスのツールナイフを買って胸を熱くしていた理系学生は多いはずだ。
今から20年以上前の海外ドラマだけど、DVDでシーズン1~7まで139話が発売されていて楽しむことができる。アウトドアで悪と戦っているみなさんには必ず見てほしい。
http://dvd.paramount.jp/macgyver/
南極レースが終わり区切りをつけて心機一転ということでブログを新しくすることを検討した。しかし新しいものを作り始めてみると今までのブログとよく似たものになってきてしまったため、今までのブログのタイトルを変えてそのまま使うことにした。数時間を無駄にしてしまった・・・。
このブログは2010年の9月にスタートしている。その前はホームページにHTMLで日記を付けていた。この2010年9月というタイミングは、2012年に南極レースに行くことを決意して当時勤めていた会社に退職の意思を伝えてアタカマクロッシングにエントリーしたタイミングである。
2010年8月の日記には「2012年の南極マラソンで一区切りと考えているので、ある程度のレベルで走るのはあと数年だと思います」と書かれている。これは自分との約束だ。30代の10年間走ることやスポーツなどの好きなことに時間を費やしすぎた。今やるべきことは他にもあるため、そちらに時間を費やす期間を作らなければいけない。それは今までやってきたものを辞めるということではなく(一時的には辞めた状態に近くなるかもしれないが)将来も好きなことをするための準備のようなものだと思う。好きなことばかりやっていてはいずれ行き詰まってしまう。
さてブログの変更点について・・・
■ タイトルを「Adventure is the essence of life」に変更 (旧:冒険野郎の記録)
オリジナル企画のAdventure Runner Tシャツのロゴからいただいた。この言葉はデザイナーさんが考えてくれたものだが、私の活動に役立てるようにデザインしてくれたものなのでよいだろう。「冒険は人生の本質である」冒険は挑戦(challenge)でもありとても気に入っている。
■ 職業を「software engineer」に変更 (旧:勇者)
このブログをスタートしたのは前職を辞めることを決めたタイミング。その後は当面は以前からの延長でシステムエンジニアとして生計を立てるつもりでいたが、他の可能性(たとえばレース運営などスポーツ系)も探り南極レースが終わった時点で、これからの生き方を決めることにしていた。もともとは好きで選んだソフトウェアの仕事にもう一度真剣に向き合うという結論を出した。
これからしばらくは「次のレースはこれ!」とか「自己ベスト更新を目指す!」とかわかりやすいチャレンジは少なくなると思いますが、人生の挑戦の多くはわかりやすいものではないし誰もが挑戦している。しかし私にとってはここからが本当に難しいところだと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
このブログは2010年の9月にスタートしている。その前はホームページにHTMLで日記を付けていた。この2010年9月というタイミングは、2012年に南極レースに行くことを決意して当時勤めていた会社に退職の意思を伝えてアタカマクロッシングにエントリーしたタイミングである。
2010年8月の日記には「2012年の南極マラソンで一区切りと考えているので、ある程度のレベルで走るのはあと数年だと思います」と書かれている。これは自分との約束だ。30代の10年間走ることやスポーツなどの好きなことに時間を費やしすぎた。今やるべきことは他にもあるため、そちらに時間を費やす期間を作らなければいけない。それは今までやってきたものを辞めるということではなく(一時的には辞めた状態に近くなるかもしれないが)将来も好きなことをするための準備のようなものだと思う。好きなことばかりやっていてはいずれ行き詰まってしまう。
さてブログの変更点について・・・
■ タイトルを「Adventure is the essence of life」に変更 (旧:冒険野郎の記録)
オリジナル企画のAdventure Runner Tシャツのロゴからいただいた。この言葉はデザイナーさんが考えてくれたものだが、私の活動に役立てるようにデザインしてくれたものなのでよいだろう。「冒険は人生の本質である」冒険は挑戦(challenge)でもありとても気に入っている。
■ 職業を「software engineer」に変更 (旧:勇者)
このブログをスタートしたのは前職を辞めることを決めたタイミング。その後は当面は以前からの延長でシステムエンジニアとして生計を立てるつもりでいたが、他の可能性(たとえばレース運営などスポーツ系)も探り南極レースが終わった時点で、これからの生き方を決めることにしていた。もともとは好きで選んだソフトウェアの仕事にもう一度真剣に向き合うという結論を出した。
これからしばらくは「次のレースはこれ!」とか「自己ベスト更新を目指す!」とかわかりやすいチャレンジは少なくなると思いますが、人生の挑戦の多くはわかりやすいものではないし誰もが挑戦している。しかし私にとってはここからが本当に難しいところだと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
写真:レース前日に沼津の香貫山から
今年の春あたりでがんばるランニングレースに区切りを付けようと思っていた自分にとって最後の大きなレースとなった伊豆トレイルジャーニー。ほんとうは東京マラソンがラストかなと思っていたのだが、プロデューサーの千葉さんから招待選手として声をかけていただき走れることになった(実力は上位選手の足下にも及ばないが砂漠・南極チャレンジを買っていただいて)。
一番の問題点はトレイルのレースではまったく実績を残せていないこと。だいたい7時間前後走り続けると吐き気がひどく走れなくなってしまうため、いままでのレースはリタイアやエイドで2~3時間の休憩をしてから残りを走るとか、まともに通して走れたためしがない。
コースは松崎から修善寺までの約70km。前日に配布されたコース図を見ると大きく高低差があるところは舗装路や林道が多く、しっかりトレイルのところは巻き道が多そうだった。トラブルがなければ10時間はかからないと予想。といっても毎回トラブルがあるのが自分なのだが。
スタート後から8kmの給水エイドまでは走り出しの登りで急な負荷がかかったためか上半身が痛くなる。ペースをゆるめて後ろの人に道を譲りながら進んでいるうちに楽になった。長い林道に出てからは楽に走っているつもりだったが体は重く足の疲労感が濃い。のんびり進んでここでも後ろからどんどん抜かされる。
25kmのエイドまで下ってから今度は登りになる。一瞬調子が良くなって登りを走るがトレイルに入ったあたりから疲れを感じてスローペース。追い越し禁止区間はそれなりに気持ちよく走れ中間地点を通過。だんだんいつもの吐き気が始まり立ち止まって後ろの人に道を譲って立ち止まることが多くなった。けっきょくいつものパターンかと落胆して42kmの仁科峠で終了することにした。
今までのレースでは少し横になって休むとまた走れるようになるので制限時間をいっぱいに使ってでも完走することを心がけていたが、今回はこの先に別の目標があるわけでもないし、きつい思いをして進み続ける気力はなかった。せっかく呼んでいただいたのに最悪の結果となってしまい申し訳なかった。
これまで出場したレースは日本山岳耐久レース、信越五岳、UTMFと長距離が中心で、出場しては内臓が死亡しリタイアやかろうじてフィニッシュを量産して、はっきり言ってしまえば辛いだけであまり楽しいことはなかったりするのだが、よく考えてみると楽しくレースをする簡単な方法が1つあって短い距離に特化してしまえばいいということにいまさら気がついたのだった。
がんばるランニングに一区切りつける最後の(かもしれない)フルマラソン。今回の東京マラソンでは女子マラソンの尾崎選手(2009年世界陸上ベルリン銀メダリスト)が選手として一区切りつけるという。同じだ(笑)東京マラソンは好きなレースであり最後にふさわしい舞台。東京マラソンではサブスリーしていないので今回の目標はサブスリー。練習量は南極レース以前の約半分となり耐久力には若干の不安はあるが1週間前に30km走を4分5秒/kmで走れたので大きく失敗しなければ3時間以内の可能性が高い。1週間前に30km走をおこなっているのは2週間後の伊豆トレイルジャーニーに体調を合わせるため。
スタートロスは39秒。それからしばらくは加速・減速の繰り返しだったが2km通過が8分台だったためスムーズにスタートできたと言えそうだった。km4分そこそこの集団に乗っかり15km付近までは、ほぼkm4分ペース。さすがに今の体力ではこのまま行ける可能性はないため品川で折り返して向かい風を受けることが増えてからは、無理せず風に押されてペースが落ちても気にしないことにする。中間地点通過は1時間25分30秒ほど。後半上げることができれば2時間50分狙えるなとちらっと頭の片隅をよぎる(そんなに甘くない)。銀座から浅草の折り返しまでとても長く感じ脚が重たくなってくる。もしかしたら先週の練習30km走のときのほうが余裕があったかもしれない。
30kmを過ぎて苦しくなってきた。浅草まで向かい風が多かったため折り返し後は追い風かと思っていたら、相変わらず時々向かい風に押し戻される。もしかしたら3時間無理かもしれないと距離表示毎に時計を見て「km5分まで落ちると危ない」とか思いながら脚を進める。「あと1kmがんばろう」を繰り返すうちにだんだん3時間以内が確実になってきた。終盤の橋を続けて渡る区間の登りは動きが緩慢になるが腕を思い切り振って体を持ち上げる。
思ったよりもペースを落とさずに粘って40kmを通過。苦しんで走ることはもう当分ないんだろうなと思うと苦しみも味わい深いものがある。最後のストレートに入りフィニッシュの時間表示2時間57分台が見えてくる。確か初めてのサブスリーが37秒だったはず。最後の(かもしれない)フルマラソンを同タイムで終わるのも悪くない。フィニッシュラインまであと少し、タイムは測ったように2時間57分37秒へ・・・と思ったら38秒になってしまった(笑)フィニッシュしてコースを振り返り一礼。自分なりに走ることをがんばった10年間の締めくくりとして。
ラップを確認してみたらきれいな下降線を描いている。少しきついと感じたら無理せず力を緩めて着地点を探りながら走ったのがうまくいって大崩れせずに最後まで持った。東京マラソンでサブスリーでき、友人にもいろんなところで応援してもらえて最高に楽しいレースでした。
0- 5km 19'40 (3'56/km)
5-10km 19'54 (3'59/km)
10-15km 20'16 (4'03/km)
15-20km 20'37 (4'07/km)
20-25km 20'48 (4'10/km)
25-30km 21'22 (4'16/km)
30-35km 21'56 (4'23/km)
35-40km 22'24 (4'29/km)
40-Finish 10'02 (4'34/km)
2時間57分38秒(ネット:2時間56分59秒+スタートロス39秒)
2/23(土)にナディのお通夜、2/25(月)に芝田さんのお葬式に行った。
2/16(土)に浦安でシーカヤックのトレーニングをおこなっていた2人のアドベンチャーレーサーが亡くなった。強風に煽られて流され翌日に対岸の袖ヶ浦で遺体で発見された。2人は実績十分な国内屈指のレーサーで体力もスキルも判断力も一級品である。一報を聞いたときからお通夜までの一週間「そんなバカな」としか思えなかった。2人とは個人的に親しかったわけではないがレースで何度も行き会って見知った顔だった、ナディは先月のJSBM南極報告会に来てくれてようやくお会いできたばかりであった。
一週間もの間(そして今も)「バカな」としか思えなかったのは、まだ自分が体力とスキルで自然と戦えると思っている証拠だろうか。理屈でリスクというものをわかった気になっていても、本当に身にしみてわかるのは自分が事故に遭ってみないとわからないのかもしれない(大抵は手遅れ、命を落とすのだろう)。
どうがんばっても無理なときは無理だというのを忘れないようにここに記す。
(写真は2013/1/27にナディと)

2/16(土)に浦安でシーカヤックのトレーニングをおこなっていた2人のアドベンチャーレーサーが亡くなった。強風に煽られて流され翌日に対岸の袖ヶ浦で遺体で発見された。2人は実績十分な国内屈指のレーサーで体力もスキルも判断力も一級品である。一報を聞いたときからお通夜までの一週間「そんなバカな」としか思えなかった。2人とは個人的に親しかったわけではないがレースで何度も行き会って見知った顔だった、ナディは先月のJSBM南極報告会に来てくれてようやくお会いできたばかりであった。
一週間もの間(そして今も)「バカな」としか思えなかったのは、まだ自分が体力とスキルで自然と戦えると思っている証拠だろうか。理屈でリスクというものをわかった気になっていても、本当に身にしみてわかるのは自分が事故に遭ってみないとわからないのかもしれない(大抵は手遅れ、命を落とすのだろう)。
どうがんばっても無理なときは無理だというのを忘れないようにここに記す。
(写真は2013/1/27にナディと)
