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PTLレースレポート(web)完成。ちょっと書きにくいことまで踏み込んだので事前にチームメイトに目を通してもらいました(笑)振り返ればよくない行動が多々あったけれど、そのときできるだけのことはしたと思います。私は多大な労力をかけて100点を目指すのではなく、少なめの労力で80点くらいまでいけばOKというタイプなので。
※webページの写真はクリックで大きく表示されます
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PTLのスタート時の動画をまとめました。今回の動画はこれだけ。もう少し撮っておけばよかったとも思うけど、今回は「チームの足は引っ張らない=レース中に余計なことはしない」と決めたので。
ところで今週末からトルテジアンですが、Yukon Arctic Ultraの主宰者と6633の優勝者が出場するようです(すごく個人的な興味ですが)。ただのイロモノではないことを見せつけてほしい。頼みますよー。
最終日は午後から登山鉄道でモンタンベールの氷河へ行き、そこからシャモニーへ下りトレッキング。ほんとうはエギュイ・デュ・ミディのロープウェイの中間駅まで行って、そこからモンタンベールへトレッキングしようと思っていたがローウェイが大混雑だったため予定変更。氷の洞窟を見学してからのんびり下りトレッキング。シャモニー滞在最終日でもあるため、今日はコースタイムの何%とかも気にせずにのんびり一般トレッキング。写真を撮ったり、花で飾られた山小屋でお茶したり、ゆっくりと下山トレッキングをしました。シャモニーに戻って夕食はレストランでチーズフォンデュ。私はステーキ・フライドポテト・サラダのセットをがっつり食べて他2人のチーズフォンデュをつまみ食いさせてもらいました。締めは夕食のお店を出ていつものアイスクリーム。
レース後は振り返ると会話の大部分が働き方、今後やりたいこと、今の自分の課題、まとめると「どう生きていきたいのか」(これから次はどうするの?みたいな流れ)で、レース以外でも非常に濃い時間・有意義な時間を過ごせたと思う。レースという意味でのチーム活動は終わって寂しい気持ちもあるが、チームで濃い時間を過ごしたことは今後もよい繋がりになっていくだろうし、このチームでシャモニーに来れてよかった。
明日のお昼にシャモニーを出発して帰ります。また次の旅に向けてお仕事に打ち込みつつ旅に向かうエネルギー(とお金w)を充電したいと思います。今年は6633とPTL連発でお腹いっぱいです。
レース後は振り返ると会話の大部分が働き方、今後やりたいこと、今の自分の課題、まとめると「どう生きていきたいのか」(これから次はどうするの?みたいな流れ)で、レース以外でも非常に濃い時間・有意義な時間を過ごせたと思う。レースという意味でのチーム活動は終わって寂しい気持ちもあるが、チームで濃い時間を過ごしたことは今後もよい繋がりになっていくだろうし、このチームでシャモニーに来れてよかった。
明日のお昼にシャモニーを出発して帰ります。また次の旅に向けてお仕事に打ち込みつつ旅に向かうエネルギー(とお金w)を充電したいと思います。今年は6633とPTL連発でお腹いっぱいです。
ポーリンがUTWTの会議で早朝から出かけたので(特に関係ないけど)日中は普通に仕事をする。たまった仕事のメール・問い合わせの処理。システム連携先のAPIの動作確認など。
ひとしきりたまった作業をして夕方からたけぷーとシャモニーの目の前の山にトレランに行く。レース前にゴンドラで標高3800mまで上がった時の中間駅まで往復することにした。中間駅は標高2300mなのでシャモニーからは1300m登ることになる。宿泊しているアパートのすぐそばに登山口があり案内看板には中間駅まで3時間30分とある。
コースタイムをどのくらい短縮できるか意識して走らないまでも速歩きでスタート。途中からきつくなったが標高1300mくらいはなんとか押し切ろうと思い話をする余裕もなく黙々と登る。山自体は絶壁なので時々シャモニーの街を振り返ると水平距離はすぐそこのまま垂直方向にだけ街から離れていく感覚。
中間駅には1時間38分で到着。コースタイムの47%。日本だったら40%くらい(切っていてもおかしくない)の感覚で登ってきたのに、やっと半分以下とは・・・。PTL中も案内看板のタイムがきびしい気がすると感じていたが、やっぱりその感覚は正しかったようだ。こっちの人は山道を歩くのが速いんだと思う。下山は1時間弱くらい。よいトレーニングになった。
スーパーで買い物してアパートで簡単に夕食を済ませた。そういえば、昨日までは街にランナーがあふれていたが、今日は一転人の密度が全然少なくなり非ランナーのほうが圧倒的多数になっていた。みんな終わったらすぐに帰っちゃうんだなと思った。
ひとしきりたまった作業をして夕方からたけぷーとシャモニーの目の前の山にトレランに行く。レース前にゴンドラで標高3800mまで上がった時の中間駅まで往復することにした。中間駅は標高2300mなのでシャモニーからは1300m登ることになる。宿泊しているアパートのすぐそばに登山口があり案内看板には中間駅まで3時間30分とある。
コースタイムをどのくらい短縮できるか意識して走らないまでも速歩きでスタート。途中からきつくなったが標高1300mくらいはなんとか押し切ろうと思い話をする余裕もなく黙々と登る。山自体は絶壁なので時々シャモニーの街を振り返ると水平距離はすぐそこのまま垂直方向にだけ街から離れていく感覚。
中間駅には1時間38分で到着。コースタイムの47%。日本だったら40%くらい(切っていてもおかしくない)の感覚で登ってきたのに、やっと半分以下とは・・・。PTL中も案内看板のタイムがきびしい気がすると感じていたが、やっぱりその感覚は正しかったようだ。こっちの人は山道を歩くのが速いんだと思う。下山は1時間弱くらい。よいトレーニングになった。
スーパーで買い物してアパートで簡単に夕食を済ませた。そういえば、昨日までは街にランナーがあふれていたが、今日は一転人の密度が全然少なくなり非ランナーのほうが圧倒的多数になっていた。みんな終わったらすぐに帰っちゃうんだなと思った。
もはやUTMB/PTL関係ありませんが・・・わたる氏と待ち合わせて10玉アイスクリームを食べに行った。シングル(1玉)だと3ユーロのアイスクリームが10玉まで追加しても11ユーロにしかならないというかなりお得に見える料金体系にレースが終わったらぜひやろうと言っていたもの。
注文前にお店のイラストを見て(お得すぎるので)10玉にすると1玉ごとのサイズが小さくなるのでは?とも話したが、実際に注文すると容赦なく大きな1玉だった。
おばちゃんに種類を伝えて1つづつ盛ってもらうのだが、おばちゃんも10玉の注文が入ったのが珍しいのかテンションが高い。同じ系統の色のものを続けて言ってしまうと「それは彩りが悪いからやめろ」とか拒否される。色を分散させてきれいに盛り付けたいらしい。そして10玉完成!1kgあるから両手で持つように注意されながら受け取る。
座って食べる場所がなかったのでお店の前のちょっとした広場になっているところでみんなで巨大アイスクリームを持ってスプーンで食べる。今日は良く晴れて日向は暑いくらいでアイスクリーム日和。食べている間にアイスが溶けてべたべたになるかとも思ったが、意外と溶けることなく食べきることができた。かなり食べ応えがあったものの10玉を4人で割れば2.5玉なのでもう少しいけるな!と思った。1人で10玉はさすがに無理だと思ったが、2人で10玉ならいけると思う。
今日も1日中、食べながらおしゃべりしていただけで(ただしけっこうまじで深い話)、いい加減社会復帰の準備をしなければいけないと思った。
おばちゃんに種類を伝えて1つづつ盛ってもらうのだが、おばちゃんも10玉の注文が入ったのが珍しいのかテンションが高い。同じ系統の色のものを続けて言ってしまうと「それは彩りが悪いからやめろ」とか拒否される。色を分散させてきれいに盛り付けたいらしい。そして10玉完成!1kgあるから両手で持つように注意されながら受け取る。
座って食べる場所がなかったのでお店の前のちょっとした広場になっているところでみんなで巨大アイスクリームを持ってスプーンで食べる。今日は良く晴れて日向は暑いくらいでアイスクリーム日和。食べている間にアイスが溶けてべたべたになるかとも思ったが、意外と溶けることなく食べきることができた。かなり食べ応えがあったものの10玉を4人で割れば2.5玉なのでもう少しいけるな!と思った。1人で10玉はさすがに無理だと思ったが、2人で10玉ならいけると思う。
今日も1日中、食べながらおしゃべりしていただけで(ただしけっこうまじで深い話)、いい加減社会復帰の準備をしなければいけないと思った。
午後、UTMBのトップのフィニッシュを見に行った。行くのが少し遅れてしまいフィニッシュゲートに到着したのは2位のキリアンがフィニッシュした直後だった。UTMBのフィニッシュはお祭りというか、ほんとうに素晴らしい雰囲気で、思わずUTMBに出場したくなるような感じだった。トレランレースにはまっている人は一度はUTMBに出場するのがいいと思う。
夕方はUTMFの運営側の方々の夕食にご一緒させていただいた。六花先生が「ポーリンを慰める会」と言っていたのに、ずっとUTMFの今後について話をしていた。UTMBを生で感じた直後だけに熱い。夜はUTMFの運営側の方々は応援バスに乗ってエイドの視察に出かける、たけぷーはUTMBの選手のサポート隊で出かけているので一人でシャモニー待機でわたるさんのフィニッシュを待つ。
23時過ぎにわたるさんがフィニッシュにやってきた。今年のUTMBはスタート時から小雨が降って、山はおそらく雪、風も強かったはずでそうとう凍えたと思う。なのにフィニッシュ後会うなり「明日アイス10玉食べに行きましょう!」とか言っていた。明日もきっと寒いので心してアイス10玉行ってきます(笑)
※アイス10玉・・・シャモニーのアイス屋さんで巨大コーンに12ユーロでアイスを10玉乗せることができる。
わたるさんがフィニッシュしてから、わたるさんがフィニッシュエリアから出てくるまでの間にPTLが2チームフィニッシュした。明日の夕方が制限時間のPTLではこの時間帯のフィニッシュは超人揃いのPTLの中でも早いほうだと思うが、よく見ると普通のじいちゃんのような風貌だった。
夕方はUTMFの運営側の方々の夕食にご一緒させていただいた。六花先生が「ポーリンを慰める会」と言っていたのに、ずっとUTMFの今後について話をしていた。UTMBを生で感じた直後だけに熱い。夜はUTMFの運営側の方々は応援バスに乗ってエイドの視察に出かける、たけぷーはUTMBの選手のサポート隊で出かけているので一人でシャモニー待機でわたるさんのフィニッシュを待つ。
23時過ぎにわたるさんがフィニッシュにやってきた。今年のUTMBはスタート時から小雨が降って、山はおそらく雪、風も強かったはずでそうとう凍えたと思う。なのにフィニッシュ後会うなり「明日アイス10玉食べに行きましょう!」とか言っていた。明日もきっと寒いので心してアイス10玉行ってきます(笑)
※アイス10玉・・・シャモニーのアイス屋さんで巨大コーンに12ユーロでアイスを10玉乗せることができる。
わたるさんがフィニッシュしてから、わたるさんがフィニッシュエリアから出てくるまでの間にPTLが2チームフィニッシュした。明日の夕方が制限時間のPTLではこの時間帯のフィニッシュは超人揃いのPTLの中でも早いほうだと思うが、よく見ると普通のじいちゃんのような風貌だった。
ドロップバッグもシャモニーに輸送されてきていて荷物は全て回収できた。メインイベントで参加者も多いためスタートゲートに近いところまで行けるか心配だったが近くまでは行けた。ただスタートライン近くには人が集まっていて、外側からカメラを頭上にかかげてやっと選手の姿を映せるくらい。直接自分の目ではぜんぜん見えない。
スタート周辺の人多すぎの写真を撮ってからスタートから数百メートル離れたコース沿いに移動。コース沿いは人が集まっていたがスタート周辺よりは全然まし。18時30分にスタートして選手が見えてくるとみんなスマフォ、デジカメを頭上に挙げて撮影しようと身を乗りだす。人の隙間から撮影する感じにだったが、とりあえず連射モードで誰か写るだろうと撮影した。UTMBはすごい雰囲気。多くの人が目指すのもわかると思った(私はポイントないし目指しませんが)。
ホテルに戻って連射した写真を確認するとわたるさんが写ってた。いつもカメラを向けると変顔をするがこんなときまでベロ出していた。わたるさんは27時間程度(9/2の22時ごろ)の予定を作っているらしいので、ライブトレイルも見てフィニッシュを迎えに行こうと思います。
スタート周辺の人多すぎの写真を撮ってからスタートから数百メートル離れたコース沿いに移動。コース沿いは人が集まっていたがスタート周辺よりは全然まし。18時30分にスタートして選手が見えてくるとみんなスマフォ、デジカメを頭上に挙げて撮影しようと身を乗りだす。人の隙間から撮影する感じにだったが、とりあえず連射モードで誰か写るだろうと撮影した。UTMBはすごい雰囲気。多くの人が目指すのもわかると思った(私はポイントないし目指しませんが)。
ホテルに戻って連射した写真を確認するとわたるさんが写ってた。いつもカメラを向けると変顔をするがこんなときまでベロ出していた。わたるさんは27時間程度(9/2の22時ごろ)の予定を作っているらしいので、ライブトレイルも見てフィニッシュを迎えに行こうと思います。
PTLですが、8/31の8:30ごろコースの121km:Cabane Plan du Jeuでリタイアとなりました。自分のGPSでは141km前進(ミスコースはしていないので主催者のGPSトラックのコースは少し短く出ていると思われる)。直接の原因は天候悪化(低温・雪)が予想されたため最後尾グループの次区間の閉鎖です。それがなくてもチームのペース・睡眠不足で「まだ可能性はゼロではない」程度ではありました。
今回のチームの力ではPTLに要求されるものには少し届かなかったというだけなので、個人的にはすごく悔しいというほどではなく「ちょっとと届かなかった」という事実がそこにあるだけなのですが、チームリーダーのポーリンは超悔しがっています。もちろん「1周したかったー!」というのはあるし、詰みつつある中でも時々「このまま行けるかも」と感じることがあったので残念でした。
★レース展開
今回のチームの力ではPTLに要求されるものには少し届かなかったというだけなので、個人的にはすごく悔しいというほどではなく「ちょっとと届かなかった」という事実がそこにあるだけなのですが、チームリーダーのポーリンは超悔しがっています。もちろん「1周したかったー!」というのはあるし、詰みつつある中でも時々「このまま行けるかも」と感じることがあったので残念でした。
★レース展開
1日目は夕方あたりが非常に暑く、思ったよりも水を補給できるタイミングが少ない印象で私が少しペースダウン気味でした。寝ないと回復しないとか食べれないということはなく、時折「ちょっと待って」というくらいに留められたのは幸いでした。序盤からけっこう関門がきつく睡眠時間はskirocで1時間程度でした。(今回のレースはろくに寝ていないのでどこまでが1日かあいまいです)
2日目はたけぷーが体調不良。朝から嘔吐を繰り返しだましだまし進んでいる感じです。3日目の11時の関門に間に合うかを逆算しながら進みます。途中落石の多い区間がキャンセルになり代替コース(距離は延びるが危険は少なくなる)になりました。ほんとうに危険そうで天気がいいのに代替コースにするなら、そんなの最初からわかっていただろと思いましたが(笑)
夜に入って66km:Cabane d'Ornyで回復しなくたけぷーがリタイアを決断。がっつり寝れば回復できるようでしたが、関門からの逆算でどうやら今夜もまともに寝る時間はないとなったタイミングでの判断でした。非常に残念&たけぷーのナビがなくなるのは痛いですが、まずは次の関門を超えることを優先して切り離します(標高2800mくらいの山小屋に置き去りw)。PTLは3人チームなら残り2人でもレースを続けることができるルールです。
関門まで残り13時間で99km:Bourg Saint Pierreまで進む必要がありオフトレイル(道のないところをナビして進む)も多く含まれる区間です。これまでの実績を考えるとすでに相当厳しい。たけぷーの判断でも「すでに次の関門へのアタックはギャンブル」だったので、下り平地はしっかり走り巻き返しを狙います。関門に間に合わなければどちらにしろ終わりなので、次の関門がフィニッシュというくらいの気持ちで。結果はオフトレイルが岩ごろごろではなくちょっとしたブッシュと牧草地で意外と楽だったので、関門の50分前に到着することができました。この関門では睡眠を終えて出発する日本女性チーム「なでしこJAPON」と会うことができました。
ただ関門は出発関門なので50分でドロップバックから補給装備を取り出し出発しなければいけません。装備の入れ替えとカップラーメンを食べてすぐに出発。実際は出発の体裁を取っただけで道路沿いにカフェ(兼ガソリンスタンド)を見つけてそこで再度荷物を広げて整理して水を補給して再出発しました。ただしぎりぎりで抜けているので次の区間も睡眠はとれそうにありません(笑)
3日目の夕方で周辺にいた最後尾グループはみんなリタイアしてしまい(あとは前の関門で引っかかって)スイーパーが後ろに着きました。夜になって雷雨の中を歩き115km:Cabane de Velanに最後尾で到着すると前の集団が睡眠中で、「なでしこJAPON」が出発するところでした。この前の山小屋で食事をしてから来たので、ここではあまり停止するつもりはありませんでしたが、スタッフが次の区間はナビが難しく睡眠中の数チームが、23時に出発するのでタイミングを合わせて出たらどうかと提案してくれたので軽く食べて20分だけ睡眠してタイミングを合わせて出発します。
Cabane de Velanから登って稜線を超えて山の反対側に降りるコースですが、出だしから岩がごろごろで道がわからない。反対側に降り始めてからが難しいのに稜線に着くまでで前後のチームとは完全に分かれてしまい、けっきょく核心部は自分たちだけで進まなければいけませんでした。昼間だとかなり印象が違うと思いますが夜だとどこを歩けばよいかまったくわからず、コースにはケルン(といっても石3つ4つのミニケルン)があるのでそれを探して進みます。しかも2人同時に動くと次のケルンが見つからないときにどこから来たのかわからなくなってしまうので、ポーリンが前でケルンを見つけるまでは私が1つ手前のケルンで待機し、GPSを見てポーリンの方角がずれてきたら「もう少し右だと思う」とか声やライトで伝えて進むという感じでパズルのようでした。
強風低温の中3000m程度の山を越えて、121km:Cabane Plan du Jeuに6時ごろ到着。ここの下りもトレイルがなく、さらに眠気が出たこともありルートがたびたびずれたので、GPSを見ながらトラバースしてたびたび方角をで補正していました。そんなこともあって大会側の目安タイム(2時間50分)を2倍以上に超過してしまいました。あまりにも眠かったので一度Cabane Plan du Jeuの小屋に入り少し仮眠することにしました。1時間半くらい睡眠して、8時15分にスタッフに起こしてもらい8時30分に出発する予定にしました。同じタイミングで韓国人チームも出発しようとしていて2チームで最後尾。スタッフが本部に最後尾チームが出発すると連絡をしたところ本部ではこのグループは次の区間には入れないと判断をしたようで気象条件が悪くなっているので行かないでほしいということでレースは終了しました。なお韓国人チームは自己責任で行ってしまい本部は怒っているようです。
★まとめ
2日目はたけぷーが体調不良。朝から嘔吐を繰り返しだましだまし進んでいる感じです。3日目の11時の関門に間に合うかを逆算しながら進みます。途中落石の多い区間がキャンセルになり代替コース(距離は延びるが危険は少なくなる)になりました。ほんとうに危険そうで天気がいいのに代替コースにするなら、そんなの最初からわかっていただろと思いましたが(笑)
夜に入って66km:Cabane d'Ornyで回復しなくたけぷーがリタイアを決断。がっつり寝れば回復できるようでしたが、関門からの逆算でどうやら今夜もまともに寝る時間はないとなったタイミングでの判断でした。非常に残念&たけぷーのナビがなくなるのは痛いですが、まずは次の関門を超えることを優先して切り離します(標高2800mくらいの山小屋に置き去りw)。PTLは3人チームなら残り2人でもレースを続けることができるルールです。
関門まで残り13時間で99km:Bourg Saint Pierreまで進む必要がありオフトレイル(道のないところをナビして進む)も多く含まれる区間です。これまでの実績を考えるとすでに相当厳しい。たけぷーの判断でも「すでに次の関門へのアタックはギャンブル」だったので、下り平地はしっかり走り巻き返しを狙います。関門に間に合わなければどちらにしろ終わりなので、次の関門がフィニッシュというくらいの気持ちで。結果はオフトレイルが岩ごろごろではなくちょっとしたブッシュと牧草地で意外と楽だったので、関門の50分前に到着することができました。この関門では睡眠を終えて出発する日本女性チーム「なでしこJAPON」と会うことができました。
ただ関門は出発関門なので50分でドロップバックから補給装備を取り出し出発しなければいけません。装備の入れ替えとカップラーメンを食べてすぐに出発。実際は出発の体裁を取っただけで道路沿いにカフェ(兼ガソリンスタンド)を見つけてそこで再度荷物を広げて整理して水を補給して再出発しました。ただしぎりぎりで抜けているので次の区間も睡眠はとれそうにありません(笑)
3日目の夕方で周辺にいた最後尾グループはみんなリタイアしてしまい(あとは前の関門で引っかかって)スイーパーが後ろに着きました。夜になって雷雨の中を歩き115km:Cabane de Velanに最後尾で到着すると前の集団が睡眠中で、「なでしこJAPON」が出発するところでした。この前の山小屋で食事をしてから来たので、ここではあまり停止するつもりはありませんでしたが、スタッフが次の区間はナビが難しく睡眠中の数チームが、23時に出発するのでタイミングを合わせて出たらどうかと提案してくれたので軽く食べて20分だけ睡眠してタイミングを合わせて出発します。
Cabane de Velanから登って稜線を超えて山の反対側に降りるコースですが、出だしから岩がごろごろで道がわからない。反対側に降り始めてからが難しいのに稜線に着くまでで前後のチームとは完全に分かれてしまい、けっきょく核心部は自分たちだけで進まなければいけませんでした。昼間だとかなり印象が違うと思いますが夜だとどこを歩けばよいかまったくわからず、コースにはケルン(といっても石3つ4つのミニケルン)があるのでそれを探して進みます。しかも2人同時に動くと次のケルンが見つからないときにどこから来たのかわからなくなってしまうので、ポーリンが前でケルンを見つけるまでは私が1つ手前のケルンで待機し、GPSを見てポーリンの方角がずれてきたら「もう少し右だと思う」とか声やライトで伝えて進むという感じでパズルのようでした。
強風低温の中3000m程度の山を越えて、121km:Cabane Plan du Jeuに6時ごろ到着。ここの下りもトレイルがなく、さらに眠気が出たこともありルートがたびたびずれたので、GPSを見ながらトラバースしてたびたび方角をで補正していました。そんなこともあって大会側の目安タイム(2時間50分)を2倍以上に超過してしまいました。あまりにも眠かったので一度Cabane Plan du Jeuの小屋に入り少し仮眠することにしました。1時間半くらい睡眠して、8時15分にスタッフに起こしてもらい8時30分に出発する予定にしました。同じタイミングで韓国人チームも出発しようとしていて2チームで最後尾。スタッフが本部に最後尾チームが出発すると連絡をしたところ本部ではこのグループは次の区間には入れないと判断をしたようで気象条件が悪くなっているので行かないでほしいということでレースは終了しました。なお韓国人チームは自己責任で行ってしまい本部は怒っているようです。
★まとめ
PTLが非常に厳しいのはわかっていましたが、あと少し制限時間に余裕があれば今回のチームでも行けたと思いますが、チームにとってあまりにぎりぎりのパフォーマンスを出す必要があったため持たなかったという印象です。たとえば調子に波のないポーリンのようなタイプを揃えてチームを組めば、トップスピードは遅くても落ち込みの時間が少なく睡眠時間を取れたかもしれません。また私のように調子に波があってもいざというときのスピードがあれば、調子の悪い時間帯を短かくできれば行けたと思います。ポーリンはほんとうに悔しがっているのでぜひPTLのリストバンドを付けたまま1年過ごしていただき来年も挑戦してほしいです。